2歳児、背中で泣く~黒沢秀樹の子育てクリエイティブノート

今週の原稿をどうしようかと思っていた矢先、久々に2歳半になろうとするパワーアップした子どもの絶叫シャワーを浴びせられてほとんど何も考えることが出来ずヘトヘトになってしまった。今回は久々の完敗である。
見ていたテレビアニメを途中で消してお風呂に入れようと試みたのだが、絶叫して続きを見せろと要求されたので仕方なく自分が先にバスルームに入って諦めるのを待ってみた。
ここ最近はこのパターンで成功することが多かったのだが、今回はどうしても中断されるのが嫌だったらしく、まさに火に油を注ぐ結果になってしまった。
結果、涙と鼻水を滝のように流しながら飛び跳ねてリモコンやミニカーまで投げ始め、もはや完全に正気を失った暴走絶叫マシンと化してしまった。かなりのハードコアパンクバンドでもここまでの反抗心を表現するのは難しいレベルである。最終的に負けを認めて諦めた自分がテレビを付けると、息子は程なくそのまま寝息を立てていた。

この連載を始めて間もない頃に「胸のアリーナ最前列、泣くのは子どもの仕事なのか?」という記事を書いた。読み返すともはや懐かしくもあるが、2歳半に差し掛かろうとしている自分の息子はその後泣き方にもかなりのアップデートを重ねてきたように思う。

とにかく絶叫することで何かを訴え続けてきた息子だが、1歳頃に思い当たる子どもが泣く理由は主に以下のものだった。

1. お腹が空いたのでミルク、もしくは食べ物がほしい(今すぐ)
2. おしっこ、もしくはうんちでオムツが限界、替えてほしい(今すぐ)
3. 暑い、寒い、お腹が痛い、熱があるなど環境や体調に不満があるので対処して欲しい(今すぐ)
4. 眠いので、とんとんやゆらゆらなんでもいいのでとにかく気持ちよく寝かしつけてほしい(今すぐ)
5. 謎

5の「謎」に関してはかなりその解明が進んだが、いまだにやはり未知の領域は多い。しかしそれはそれで必要なことなのではないかと思うに至ったのでそのままにしておくことにする。基本的に子ども、というか自分とは違う人間の考えていることは謎なのである。

1から4についてはにあまり変わらないが、コミュニケーションの手段として言葉を手に入れ始めた時期から、具体的に要求を指示することが出来るようになった。
空腹については「にゅうにゅう」(牛乳)をメインに果物の名前「なし」「りんご」「かき」という名前を身振りを交えて説明し、「食べる?」と尋ねると「はいっ」とはっきり答える。もしも望みのものが冷蔵庫になかった場合はやはり絶叫することに変わりはないが、何が欲しくて叫んでいるのかさっぱり見当もつかない時期から比べると大きな進歩である。
排便に関しては少々オムツが重くなってもあまり気にしなくなったように思う。というか、しれっと何事もなかったように過ごしていたかと思うとオムツが決壊寸前になっていることもあり早く意思表示をしてもらいたいが、どうやら何かを中断してオムツを替えられるのがイヤらしい。
体調不良に関しては、どちらかというと逆におとなしくなることで異変に気がつくことが多くなってきた。「痛い」という言葉も最近覚えたが、それは何か気に入らないことがあったときやみくもに発するのでそれはそれでややこしい。
眠い時に機嫌が悪くなるのは相変わらずだが、どちらかというと「眠いけれどまだ寝たくはない」というアンビバレントな状態にある場合に泣き出すような気がする。これは感情というものが生まれ始め、こころと体が別々な動きをしはじめるという意味では大きな成長だろう。
こうしてみると泣くことには変わらないが、子どもが他にも多くの意思伝達手段を身につけてきたことを実感する。

そして感情の芽生えに沿って泣き方にもバリエーションが生まれてきた。
子どもは歯も生えそろってほぼ大人と同じような食事が出来るようになると、興味を持って全てのものを食べてみようとする。なかには辛いものや刺激の強いもの(この時は近所のお店で買った本格的な四川麻婆豆腐の残りだった気がする)があるのでさすがにこれは大人のものだと遠ざけることもあるわけだが、その時の様子はかなり面白いものだった。

息子は麻婆豆腐がもらえないことを理解するとしばらく黙ったままうなだれ、その後そそくさと椅子から降りてキッチンから少し離れた窓ぎわに走った。
意を決したように立ち止まりカーテンに向き合う背中が、小刻みに揺れている。嗚咽はしているようだが泣き声をあげてはいない。
両手を握りしめ、背中を震わせながらゆっくり振り返ると、八の字になった眉と目が自分をしっかり見つめている。そしてゆっくりと、頬に大粒の涙が流れた。

「どうして?」
「意地悪!」
「食べたてみたかった」
「くれなかった」
「もうきらいだ」
「こんなことならどこか誰も知らない国に行ってしまいたい」

言葉に出来ない様々な思いが溢れ出すように声が出はじめる。
一度声が出てしまうともう止めることは出来ず、ほんの数秒で声量はピークに達する。
「ゔぁーーっ!!」

「カット!OK!」と思わず言いたくなるような名演である。
驚くべきことに息子は2歳半にして「背中で泣く」という高等テクニックを身につけていたのである。
もちろんこの後はまだ食べられないものがあることを説明し(たぶんわかってないけど)、大好きな果物をその名演へのお返しに提供し納得してもらった。

子どもはこうした表現を積み重ねて、ただ絶叫するよりもより高度なコミュニケーションの手段を段階を踏んで身につけていくのだろう。

泣いたり叫んだりすることよりも、自分の気持ちをもっと効率よく正確に伝えられるようになるにはどうしたらよいのか、その子どもの試行錯誤を日々受け止めるのも育児のプロセスであり、養育者である自分自身もそれをもう一度見つめ直す機会だと思っている。
「父の背中を見て」というのはよく聞くが、いつか背中でものを語れるような大人になりたいものである。

(by 黒沢秀樹)

◆黒沢秀樹さんのトークショー、2週間後となりました。

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