お薬問題・奇跡のマリアージュ

先週は子どもの急病であたふたしてしまったが、鼻水以外の症状はすっかり落ち着いて翌日にはもう恐竜になったりカエルになったりして飛び跳ねていた。
あんなにあたふたした自分は何だったのかとも思うが、同じような経験をしている育児の先輩方からいくつかメッセージをいただき、あたふたするのは自分だけではないと少しだけ安心することができた。読者のみなさんにあらためて感謝している。

しばらくは病院で処方された薬を飲ませなくていけないのだが、薬の種類が多い場合は子どもに飲ませるのもひと苦労である。大人だってあんまり気が進まないことを子どもが進んで受け入れるはずがないのは当然で、子どものお薬問題は多くの養育者の頭を悩ませていることだろう。

調べてみるとやはりたくさんの人たちが試行錯誤を繰り返し、それぞれの子どもに合った飲ませ方を模索しているようだ。さらに最近では子どもに薬を飲ませるためのゼリーなどの商品も開発されており、自分の幼少期と比べればかなり多くの方法が生み出されているわけだが、どれも決め手に欠ける印象が拭えない。
もし、あらゆる方法を試しても子どもが絶叫して嫌がり薬を飲んでくれないような場合、養育者のほうがもう誰も知らない遠い国に行ってしまいたいという気持ちになることも想像に難くない。そんな状況にならないためにも、子どもに薬を楽しく飲んでもらえるような方法を考えたいと思う。

子どもの薬の飲ませ方には大きく二つのパターンがある。
まずは味に対する抵抗をなくすこと。これは前述のゼリーなどで味をカモフラージュする方法である。
そして二つ目は気分的な抵抗をなくす、もしくは乗り越えることである。お薬はそもそも特別でおいしいものであり、これが飲めるということは喜びなのだというイメージを持ってもらうことや、お薬を飲めるというのは素晴らしく価値のあるものだという認知を持ってもらう、もしくは飲むとその結果大きなリターンがある(好きなお菓子が食べられる、めちゃ褒められる)、などである。

運よく自分の息子はそこまで薬に対する抵抗がなく今のところなんとか飲んでくれているが、それは自分でも気がつかないうちに行っていたいくつかの好条件が重なったためであると考えている。
まず、息子は子ども用のぶどう味のゼリーが大好きなのだが、いくらでも食べてしまうので普段はあまり出していなかったことが功を奏している。ぶどうゼリーが食べられること自体が特別なイベントになっているのである。
薬の種類によっては混ぜるゼリーの味によって苦味が増してしまうものがあり、うっかりオレンジ味のゼリーに混ぜてしまった時には断固拒否されたが、今は「特別においしいもの」というイメージ戦略のおかげか他の味やヨーグルトでも喜んで食べてくれるようになった。

予想するに自分の息子の場合、ひとつ目の「味のカモフラージュ」そしてふたつ目の、薬とセットになったぶどうゼリーが「特別なおいしいもの」だという気分的な効果が相互作用しているのである。どうにもうまくいかない場合は、このふたつの要素を掛け合わせてみることを是非お勧めしたい。

ちなみに「お薬ぶどうゼリー」はどんな味がするのかとちょっと舐めてみると、その味に一気に自分の小さかった頃の記憶が甦ってきた。病院に行くと出される鮮やかなピンク色をした咳止めシロップの味は、確かこんな感じではなかったかと思う。それは昔の駄菓子屋さんで売っていたガムのような味であり、初めて使った歯磨き粉のような味でもある。直線的な甘さと人工的な香りの向こうにちょっと粉っぽさがあって、これが子どもにとっては飲みやすいとされる味なのかもしれない。どうやら子どもの味覚に訴えかける要素は昔からさほど変わってはいないようだ。
しかし、この薬だけでは到底息子は喜んで飲んではくれなかっただろう。きっとぶどうゼリーの食感と薬の味の相性が好みに合っていたのかもしれない。もはや息子にとってこの味の組み合わせは「カモフラージュ」というよりも奇跡の「マリアージュ」なのである。

薬を混ぜたぶどうゼリーを食後に出すと「ぜりぜり、やったー!」と言いながらスプーンでゆっくりとすくい、大きく開けた口の中に流し込む。そのまましばし味わいながら飲み込むと、満面の笑顔で「おいしいー」と一言。まるでテレビの食リポのような食べっぷりである。
最後のひとすくいまで食べ終えると、満足げな顔で「ない、からっぽ」とお皿を差し出す。そこそこがんばって作った食事の後(ちょっと残している)にこんなリアクションをされると、やはり自分の料理はぶどうゼリーには勝てないのかと少々悔しい気持ちにさえなるが、とりあえず薬を飲んでくれるのだから良いことにする。

(by 黒沢秀樹)

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