トイレと鍵とモデリング

子どもがトイレでおしっこをした。トイレでおしっこをするのは当たり前のことだが、子どもがはじめてそれをするのは大事件である。よく「トイトレ」(トイレトレーニングの略)という言葉も聞くし、いつまでたってもトイレに行ってくれない、オムツが外れない、というのは、世の養育者を悩ませる事案のひとつであることは間違いないだろう。
自分は特に気を付けて「トイトレ」らしきものをしたことはなく、たまに自分がトイレに入っている時に息子が探しにきてノック(というか叫びながら叩く)をするので、扉を開けて「父さんおしっこしてるから待ってて」とその姿を見せたりしていたくらいだ。後にも先にも誰かにトイレに入っている姿をあえて見せるというのはこんな時だけだろうと思うが、そんなことをしているうちに、時折「トイレー、はいる」というので連れて行って座らせてみたりはしていた。

子どもがなんとなくトイレでおしっこが出来たのは、このあまり熱心に「トイトレ」をしてこなかったことが意外に功を奏したのかもしれないと思う。
トイレに限らず、小さな子どもは意味もわからないままに物事を強制されると、それが嫌なこと、怖い場所という認知を持ってしまうのは当然かもしれない。息子にとっては単純にトイレは今までは大人しか入れなかった場所なのに、入っても良い場所になってうれしかったのかもしれない。
以前、歳の離れたお子さんがふたりいる方から「最初の子は必死にがんばってトイトレしてもなかなかうまくいかなかったのに、下の子は手が回らずになにもしなかったらある日突然オムツを卒業してしまい、いったい自分は今まで何をしていたのかと思った、だからあんまり心配しなくて大丈夫」という話を聞いていたことも大きかったと思う。

その日も「トイレ、いくー」というのでとりあえず座らせてみた。便座は大きいのでおしりの半分くらいを座らせて背中を支えている。すると、なにやら神妙な顔つきで下を向き、しばらく無言で集中していたかと思うと、ちょろりとおしっこが出た。思わず「出たー!すごい!」と声を上げたが、人がトイレでおしっこをしただけでこんなに驚けるのは育児中の養育者の特権であろう。そしてこれ以上ないほどのドヤ顔をしている息子に水を流すレバーを指差し「おしっこにさよならしようか」と言って引かせると、「さよならー」と流れていく水に向かってお別れの挨拶までしたのである。
さらに「しめー」と言ってトイレのドアノブの鍵を回して閉めようとするのには驚いた。教えたこともないのに、鍵をかけるということをすでに知っていたのである。確かにドアノブの鍵が開いている時は青、しまっている時は赤になる様子を注意深く観察していることには気がついていたが、子どもは想像以上に大人の行動を良く見ているのである。

鍵で思い出したが、近所に住んでいる知人は洗濯物を干している間に子どもに中から鍵を閉められてしまい、ベランダに閉じ込められたことがあると言っていた。セキュリティーのしっかりしている知人宅の玄関には二重の鍵がついていて、一瞬外に出た隙にそのうちのひとつを中から閉められて入れないこともあったらしい。まるでコメディー映画みたいな話だが、実際にそういうことが起きるのである。
子どもは大人の様子を実によく観察していて、それを真似することで様々なことができるようになる。これをモデリングと呼ぶそうだが、気を付けないと何をモデリングされるかわからないので日々自分自身の行動や発言を見直さないと、と思っている。よく言われることだが、子どもは養育者の鏡なのである。
そのうちギターなどに興味を持つ日が来るのかもしれないが、なるべく良いところだけをモデリングしてもらいたいものである。

(by 黒沢秀樹)

※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
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