「甘える仕事」の大切さ

先週は「モデリング」と呼ばれる子どもの模倣行動について書いた。息子がトイレでおしっこが出来るようになったのもそのうちのひとつと言えるかもしれないが、子どもは実にいろんなものの真似をする。
真似をするのはいいのだが、その中には困ったこともある。特に「アンパンチ」(アンパンマンの真似をしてパンチを繰り出す)や「カニ」(二本指でつねる)恐竜(がぶっと噛む)はかなり痛い。
その度に「アンパンチをしていいのはアンパンマンだけだよ」などと言い聞かせているが、正義の味方の真似をしている子どもにそれを言うのも何か違うような気もするし、かといって自分がばいきんまんになるという選択をした場合、アンキックや諸々の必殺技も受け入れる覚悟が必要になってくるわけで、どちらにしろなるべくそんな目には逢いたくないというのが正直なところだ。
「たいへんだ!どうしようー!」と何事も起きていないのに言うこともあるが、これらはどうやらアニメの中のキャラクターをモデリングした言葉のようだ。やはりテレビアニメからの影響も大きいのである。

最近になって買い物に行くことを覚えたのだが、これは子どもの成長を実感できる機会でもある。ちょっと前まではものを買いに行くという概念もなかった子どもが、今は大好きなぶどうゼリーが売っている薬局まで手を引いていき「どこー?」と言いながら売り場を探し、棚からゼリーをカゴに放り込むようになった。目を離すとどんどんカゴに入れ続けて売り場のゼリーを品切れにしてしまうので注意が必要だが、それをレジまでしっかり持って行くのだ。
八百屋さんでは「いちごです」「ぴーまんです」「きゃべつです」(レタスだったけど)とレジのお姉さんに丁寧に説明をし、花屋さんではおじさんに「これだ、ぴんく!」と花の色の指示することまでしている。

ゴミ出しを手伝ってくれるようにもなった。ゴミを袋にまとめて玄関に置くと、自分よりも大きな袋を持って一緒にゴミを出しに行こうとする。
畳んだ洗濯物をぐちゃぐちゃにするのは日常茶飯事だが、たまに「よいしょ、しまう」と言いながらしまう「フリ」をする(場所を移動するだけ)。結局散らかることには変わりないが、目的を持って行動していると言う点では大きな成長である。

そしてごはんを食べさせているはずが、なぜか食べさせられる側になることがある。ひとりでごはんを食べられるようになっているのに、「ふーふーして」と甘えていたかと思うと、突然「とうさんも」といってスプーンやフォークに乗せたものを食べさせようとするのである。これはどういう心境なのかわからないが、甘える立場から逆の立場にシフトするという新しいパターンである。
これらはすべて大人の真似をしているということではないだろうか。
子どもは大人が子どもに対してすることを真似て、それを他者にするようになるのだ。

「甘える」という言葉は日本ではあまり良い意味で使われることはない気がする。「甘えるな」「考えが甘い」「甘やかすな」などという言葉はよく聞くが、実際に育児をしてみると、自分は子どもにとってそれは適切な考え方だとは思えなくなってきた。子どもは泣くのが仕事、とはよく言うが、それは同時に「甘える」ことでもあり、それこそ子どもの仕事なのではないかとさえ思う。
甘やかされて育った子どもは我慢ができない、などと自分が子どもの頃は養育者の間でよく言われていたはずだが、果たして本当にそうだろうか。

先に自分が子ども時代から引きずっていた「メロンの呪い」のことを書いたが、実は充分に甘えさせてもらえなかった子どもの方が成長過程で深刻な問題に直面することになる、という考え方の方が理にかなっているのではないかと思う。実際に自分が子どもの頃に勝手に持っていた「おなかいっぱいメロンを食べる」ことへの罪悪感のようなものは大人になるまで消えなかったのである。
自分が甘えているのか、甘い考えを持っているのか、甘やかされているのかは子どもには分からないし、そもそも甘えることを許してもらえなかった子どもにそれがわかるはずもないだろう。

甘えるということは特段にわがままが許されることやなんでも好き勝手に出来ることとは違い、子どもがその存在を無条件に受け入れてもらえることだと自分は思っている。もう少し具体的に言うなら、メロンを無尽蔵に食べさせること、もしくは食べさせないことと、メロンが食べたいと言う「子どもの気持ちを聞く」こととは大きな違いがあるのだ。甘えるということは気持ちを受け止めてもらうことであり、欲しいものを欲しいだけもらえることとは違うのである。
自分が「物心がつくまではなるべく子どもの言うことを聞いてみる」という基本指針を固めたのも、自分自身の幼少期の経験を思い出してのことからである。

メロンは昔と比べてずいぶん安く手に入るようになった。カットフルーツのコーナーで子どもにせがまれるとつい買ってしまうのだが、きっと将来息子がメロンの呪いにかかることはないはずである。果たしてこれが子どもと養育者である自分にどんな影響を与えるのか、しっかり子どもに甘えてもらえるように努力をしつつ、引き続き検証していくつもりだ。

(by 黒沢秀樹)

※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
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