「ぶあぶえはっせん」の謎

「ぶあぶえはっせん」と子どもが言っている。
「ぶあぶえ」と「はっせん」は別の言葉であることはなんとなくニュアンスでわかるのだが、意味がさっぱりわからない。どこかに出かけようとする時の玄関や、散歩の途中などタイミングもまちまちで、何がきっかけになっているのかも謎である。ただ、何かを決意したような雰囲気だけは感じるので、そのたびに「なに?はっせん?なにがはっせんなの?」と聞くも答えは返ってこない。
「はっせん」というのは言葉のとおり「8000」という数字を指しているのか、「ぶあぶえ」という何かがたくさんある様子を表現しているのか、もしくは「ぶあぶえ」が「発進」する可能性もないとはいえない。謎は深まるばかりであった。

子どもは周囲の大人の言葉や行動をモデリング(行動の観察と模倣)して自身の経験に結びつけるということを知り、しばらく子どもの周囲の様子を見ながら自分の言葉使いや行動にも気を付けているつもりなのだが、「ぶあぶえ」も「はっせん」も、思い当たることが全くない。

そんなある日、息子はお気に入りのアニメ「パウ・パトロール」を見ていた。このアニメは最近子どもに人気がある、犬のおまわりさん(例えが古くてすみません)たちが協力してトラブルを「パウっと」解決していく物語である。
犬のおまわりさんは昔からの定番なのであろうか。確かに猫が「にゃにゃっと解決」するよりは子犬が元気に問題を解決する方が良い気もするが、子どもに人気がある理由はなんとなくわかる気がする。

それはさておき、パウ・パトロールを見ている途中、息子が突然「ぶあぶえ!」と言ったのだ。
その時、直前にアニメの中で流れていたセリフは「トラブル発生!」。もしや「ぶあぶえ」とは「トラブル」のことなのかと思い、「トラブル発生?」と聞くと、息子は目を輝かせながら「ぶあぶえはっせん!」と答えた。「ぶあぶえはっせん」とは、なんと「トラブル発生」だったのである。
以前「ねんない」という謎の言葉を発していた時期があるが、そのうちに言わなくなってしまったので結局何を意味していたのか謎のままだった。今回は謎が解けたことで何か胸のつかえが取れたような気持ちになったが、まさかこんな言葉を真似しているとは夢にも思わなかった。

これと同様の事例は多いらしく、文字が読めない子どもは音で言葉を真似るので何を言っているのかわからないということがよく起こるのである。
自分も子どものころバッドフィンガーというロックバンドの「Rock of all ages」という曲が好きで、曲中の「My My」という部分が「ママー」と聞こえたのですっかりお母さんの歌だと信じていたことを思い出した。今思えばこんなにハードな母親の歌があったらどうかしてると思うが、なにしろ文字も読めない子どもの考えることなので仕方がない。

養育者の口癖がそのまま子どもに真似されることはよくあるが、最近の息子の口癖は「やだのん」である。もちろん自分はそんなことを常日頃から言っているわけではないが、「やだのん」は「いやだ」と「のん=NO、ダメ」という意味がセットになった息子オリジナルのもので、なにかといえば「やだのん」と言っている。
考えてみると「じゅーたい」「やだのん」「ぶあぶえはっせん」これらはみな否定的な言葉である。子どもはどうやら否定的なイメージの強い言葉ほど良く覚えてしまうようだ。
子どもが言葉を発し始めたことをそれなりに年上の方に伝えると、日々の生活での言葉遣いに気をつけたほうが良いと言われることが多い。自分の発した否定的で強い言葉を、ある時期に子どもがそのまま養育者に向けてくるということが起きるそうで、自分の言った言葉だけに、そのダメージはなかなかに大きいらしい。

ちなみに育児経験のある方から聞いた話では、子どもを連れて車でガソリンスタンドに行ってからしばらくの間、お子さんが「ハイオク満タン!」とずっと言っていたそうである。面白い話だと思いながらも、なんとなくその家庭の自動車のカテゴリーまで分かってしまうことを考えると、あんまり笑えないような気もしてくる。子どものモデリングを甘く見てはいけないのである。

(by 黒沢秀樹)

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