再会、虫ではなかったダンゴムシ

息子に空前のダンゴムシブームが到来している。近所の公園に行くたびに座り込んでダンゴムシを探し、見つけるとしばらくその場を動かない。そしてダンゴムシの一挙一動を実況し始める。

「見て、ダンゴムシいたよ」
「ダンゴムシいなくなっちゃった」
「ダンゴムシ、ねんねしてる」
「おきたよ」
「こっちにきた、どいてくださーい」

などと、ダンゴムシに話しかけたりもしている。

そのうち「つんつんして」とつついて丸まらせようとするのだが、そこは自分でやってくれないものかと思いつつも小枝などでつつくと、おおむねダンゴムシはその期待に応えてくれる。

「みて、ダンゴムシくぬりん(くるりん)した!」

ブームが過ぎ去るまではしばしこの作業が休日の公園で幾度も繰り返されることになるのだろう。家にいる時でさえ「ダンゴムシ、いるかなあ」とまた訪れるであろういつもの公園へ思いを馳せているので、だんだん自分もダンゴムシのことが気になってきた。
調べてみると、自分にとって驚愕の事実が浮かび上がった。なんと、ダンゴムシは昆虫ではなく、エビやカニといった甲殻類の仲間だったのである。
「ムシ」って名前についているのに実は虫じゃないというのは実にややこしいが、きっと他にもこうした例は多々あるのだろう。何事も見た目や名前だけで判断してしまうと、思わぬところに落とし穴が潜んでいるものである。

考えてみれば、確かに自分も幼少期にはダンゴムシに興味を持っていた記憶はある。しかしもし今の自分に子どもがいなかったら、再び触れ合うことはなかったと言い切れるだろう。というのも、自分は虫が苦手だからである。
子供の頃は全く躊躇せずにさわれた昆虫が大人になると苦手になってしまう、という現象はよくあることだと思うが、自分のように特定のもの、特に黒くて素早く動くやつなどは文字にするのも嫌なくらいなので、これは一種の恐怖症に近いものだろう。

こんなに虫が苦手になってしまったのはいつからだろうかと考えてみると、思い当たる記憶がひとつあった。
まだ小学生くらいだったと思うが、屋外にも関わらず出没した黒くて素早いやつが、退治しようとした自分に向かって飛んできたのである。これは予想外の出来事だった。退治しようとするといつもは素早く逃げてしまうあいつが、まさかこちらに向かって、しかも飛んでくるとは思っていなかったのである。
この時から虫というのは自分とは違う意思を持った生き物であり、何をしてくるか予想のつかない存在として認識されることになった。予想できないことというのは不安や恐怖を引き起こす原因になるわけだが、人間生きていればどんな場合でもある程度はそういうことはあるわけで、そればかりを考えていたら身動きが取れなくなってしまう。自分はそのバランスが虫に関しては少々偏っているということなのだろう。

現代人が虫を苦手になる原因を進化心理学に基づいて科学的に検証しようという試みがあったこともweb上で知ることが出来たが(すごいことをする人がいるものです)、それによれば「都市化」が大きな要因のひとつであるらしい。都市化が進むことによって本来虫が生息する環境ではない場所、主に室内で虫を見る機会が増えたことによる嫌悪感の増大、さらに自然環境の中での虫との接触機会が激減したことにより正確な情報や知識が不足し、どんな虫なのか判断できないことがよりそのことを強化している、ということである。
確かに考えてみればその通りだが、子どもは虫の情報や知識などほとんどないわけで、それでも怖がらないということはきっと好奇心や興味がそれに勝っている状態なのだろう。知らないということは、場合によっては何よりも強い力になり得るのである。

これからきっと来るであろうカブトムシやクワガタへの好奇心の芽生えを考えるとちょっと気が重くなるが、育児は虫嫌いを克服できるチャンスかもしれないとも言える。
自分も子供の頃はカブトムシやクワガタが好きだったわけで、大人になってあまりに時間と距離が生まれてしまったために、その認知がかなり偏った形に修正されてしまっている状態なのである。
息子に過剰な恐怖心や偏った反応をさせないためにも、今一度自分も昆虫についての実践的な経験と情報を得ることが必要なのかもしれない。まずはダンゴムシと触れ合うこと(虫じゃないけど)、そして絵本の「はらぺこあおむし」を読む程度から始めてみようかと思う。

(by 黒沢秀樹)

※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。育児おもしろエピソードも引き続き募集中です。<コメントフォーム
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