必要な無駄

先日子どもがまた急に熱を出した。前の晩から咳をしていたので気にはなっていたが、翌朝熱を計ってみると38度近くある。いつもなら不安になるくらい旺盛な食欲も影を潜め、スイカしか食べない(でもおかわりはした)という状態である。やれやれ、こんな時に限って、という思いがよぎる。
仕事をしながら育児をしている方もたくさんいると思うが、やることがたくさんあって目が回りそうな時ほど、子どもはわがままを言ったり言うことを聞かなかったり、そして熱を出したりするものである。どうしてそういうことが起こりやすいのか、それは子どもが今、自分に目を向けられていないということを本能的に察知しているからではないかと思うことがある。子どもはそのあたりの洞察力には非常に優れているのだ。

自分にどんな事情があれ、養育者はとにかく面倒を見ることになるわけだが、こういう場合は子どもはいつもよりもさらにわがままになり、機嫌も悪くて言うことを聞かない。急ぎの用事や仕事が重なっているような場合、養育者の心は焦る気持ちと不安で覆い尽くされ、どこか誰も知らない遠い国に行ってしまいたくなるのも無理はない。度々訪れるそんなタイミングに、自分はどうしたらよいのだろうかと考える。

最近の息子は何かというと「ちがう」「ちがったー」と言っている。イヤイヤ期ならぬ「ちがうちがう期」である。「子どもを待ってみる」という自分なりの絶叫対策マニュアルを作ったことを以前書いたことがあるが、このところはさらにそのハードルが上がってきている。
なにしろただひたすら泣き叫んでいた時期から、今は自分の要求を多少なりとも言葉で伝えられるようになってきているからだ。
アニメを見ていてもしばらくすると「ちがったちがったー」と言い出し、「ばなよーと(バナナとヨーグルトを混ぜたもの)ください」と言うので出すと「ちがうー、いらない!」と言う。

どうもこの「ちがうちがう期」の向こう側には、実はもっと本質的なものが潜んでいる気がする。これまではその先にある要求「テーブルではなくソファーで食べたい」や「アニメは合っているがこの回ではない」などの具体的な要求があることが多かったが、最近ではそれに加え、ただひたすらゴネたい、という意思を感じるのだ。
要するに、アニメやおやつの種類が違うということよりも、養育者から自分に対する何らかの反応を得ることが目的なのである。この本質的なポイントを履き違えると、何をしても満足してくれない子どもに対してなす術を見失ってしまうことになる。

多大な労力と時間を費やすことになる育児にあたっては、物事をどこまで効率化できるかというのは自分にとっても最重要課題である。しかし、最終的に育児には効率化できないし、しなくても良い部分もあると自分は考えるようになった。
それはなぜかというと、自分自身にとっては意味の感じられない、無駄で生産性がないとも感じる時間をたっぷりと共有することが、養育者と子どもを信頼関係でつなぐベースになると思うからだ。
物事は結果と同じくらいにその過程が重要なのである。これは僕たちミュージシャンの仕事にも同じことが言えるような気がする。制作過程で効率を重視していろんな部分を削減すると、その結果は必ず作品に反映され、それを聴く人の耳に伝わる。経験上、これは間違いのない事実だ。育児はクリエイティブと繋がっていることを、自分はこういう部分でも感じている。

こんな時は一度手を休めて、「この時間だけは徹底的に甘やかしてやろう」という覚悟を決めてゆっくり子どもと向き合ってみてはどうだろうか。
わがままを言う子どもが欲していること、それは自分にとっての「無駄な時間と労力」であり、そこにこそかけがえのない価値があるのである。そう自分に言い聞かせてみると、子どものわがままや不機嫌も重要なミッションのひとつだと感じられるようになってきた。

「よりによって」「こんな忙しい時に」「今かよ!」というのは育児につきものだ。
そんな時は緊急事態の発令である。「わがままレベル5に到達!全ての作業を即座に中止し、徹底的に無駄な時間を過ごす態勢を取れ!」そんな号令を自分にかけると、そのこと自体が重要なミッションに変わる。物事は考え方次第である。育児はそういうことに気がつかせてくれる機会であり、それは今後の人生の有事にも少なからず生かされるはずだと思っている。

この原稿も締め切りギリギリ(というか過ぎてる)に、珍しく夜泣きをして何度も起きた息子をソファーに寝かせ、その隣に座って書いている。子どものわがままに付き合ってるヒマはない、と言うのは簡単だが、これは育児ノートである。子どもより優先するべき事項も実はそんなにないんじゃないか、と思っている。

(by 黒沢秀樹)

※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。育児おもしろエピソードも引き続き募集中です。<コメントフォーム
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