水族館とダンゴムシ

恐竜、ダンゴムシに続いて今度は子どもの中で「魚」、というか水の中の生き物ブームが訪れている。
絵本やテレビなどで魚に対する気持ちが盛り上がりつつあるのには気がついていたが、ここにきてそのブームが一気にピークに達したようだ。
ちょっと前までは全部「さかな」だったのが、マンボウやクラゲなどの変わった形のものはもとより、最近はタコ、イカ、エビ、アザラシ、クジラ、エイ、そしてマグロまでを本やシール識別できるようになってきた。なぜかサメだけは「シャーク」と英語で呼ぶのは謎だが、その辺はあまり気にしないことにしている。

どうして子どもは魚が好きなのか? 自分の幼少期を振り返ると確かに図鑑などを見ていた記憶はあるが、どこにそんなに心惹かれていたのかは実感としていまひとつ思い出せない。

そんな中、初めての水族館に子どもを連れていくことになった。自分自身、大人になってからは日常の中で水族館に行くような気持ちの余裕を持てたことはほとんどなく、この前いつ行ったのかさえ全く思い出すことが出来なかったが、これも子どもが与えてくれたきっかけである。

大きな水槽の中で泳ぐ様々な生き物を実際に目にすることは、子どもにとってはかなりインパクトのあるものだと思っていたが、実際のところその反応は自分が予想していたものとは少々違っていた。
イルカショーでは大はしゃぎしてジャンプするイルカより騒いでいたかと思うと、大きなサメがゆっくりと泳ぐ水槽ではサメそのものよりも「いっちゃったー、かくれちゃったよ」と、サメが見えなくなってしまうことの方を気にしたり、ペンギンのコーナーではペンギンのいる「位置」を細かに観察し、最初に見た時に寝ていた場所からあるペンギンが移動していることの方に関心を示していた。
「そこかよ!」と心の中でツッコミを入れたが、やはりその子どもによって感じ方には個人差がかなりあるのだろうと思う。

走り回る子どもを追いかけながらいろんな水槽を見ていると、ある場所に水ダコがいた。自分たちがよく見かけるスーパーで売っているのと同じ、あの水ダコである。
変な話だが、自分はそこでふと立ち止まってしまった。時々食卓にも並ぶことのある水ダコだが、水槽に入っているととても不思議で貴重な生物のように見えてきたのだ。
大きなサメや海ガメなどが泳いでいるのを見ると確かに感慨深くはあるが、なんというか、水ダコを水族館で見ることで、あらためて自分たちの生活と海の生き物たちは繋がっていることを感じるのと同時に、実際に生きて泳いでいる海の生き物たちを見る機会が自分たちの生活の中にほとんどないことにも気づかされた。
子どもはこの生き物が時々食卓に並ぶあのタコと同じものだという認識をしているのだろうか?
そう考えると、エビやカニ、群れをなして泳いでいるイワシなどもちょっと違う見え方をしてくる。
なるほど、食育というのは最近よく聞く言葉だが、こういうことなのかもしれない、と思った。まずは養育者である自分自身が、日々口にしているものに対する想像力がなくなっているのである。

もし子どもがいなかったら、こんなふうに水族館でタコについて思いを巡らせることもまずなかったであろう。
子どもの反応もそれぞれだが、いろんな珍しい生き物がいる水族館でタコが気になってしまう自分についても同じことが言えるかもしれない。感じ方は人それぞれなのである。

ひとしきり水の中の生き物を見て外に出ると、さっきまでイルカを見て大はしゃぎしていた息子は、花壇のダンゴムシ探しに没頭している。子どものブームは一気に盛り上がって去っていくようなものではなく、まるでグラデーションを描くように積み重なって変化していくものらしい。
この切り替えの速さと集中力を、自分も見習いたいと思う。

『できれば楽しく育てたい』黒沢秀樹・著 おおくぼひでたか・イラスト

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(by 黒沢秀樹)

※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
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