3歳児、映画で泣く

先日、息子をはじめての映画館に連れて行った。
自分がはじめて映画館で映画を見たのは「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版だったと思うが、今ひとつ記憶が定かではない。近所にあった映画館に、たしか祖父が連れて行ってくれたような気がする。昔の映画館は今よりももっと非日常感にあふれていた気がするけれど、それは一般家庭にあるテレビが現在のように大きく高画質なものではなかったからかもしれない。

3歳の息子はテレビを見ていてもすぐに飽きて「これじゃない!」というので、果たして映画館で1本映画を見られるのだろうかと考えた末、なるべく混み合う日時を避けて郊外まで車を走らせ、ガラガラの映画館の出口に近い席を確保した。

映画は「パウ・パトロール」の劇場版。このところ夢中で見ている、子犬たちがレスキュー隊に扮するアニメだが、テレビシリーズとは違い1時間以上ある立派な映画である。
スタートまでの予告編の間は食事をしたときのお子様セットについていたおもちゃで遊び始めたりして、これは途中退場もあり得ると考えたりもしたが、息子はそんな杞憂をものともせず、始まった途端に真剣に、食い入るように大きな画面を眺めていた。映画が中盤に差し掛かった頃、息子は急にすっと椅子から降りて立ち上がり、真っ直ぐに前を見つめた。主人公の子犬のひとり(一匹?)が仲間と離れて一人ぼっちになってしまうシーンである。どうしたのかと眺めていると、手で目をこすりはじめた。
眠いのか、飽きたのか?いや、泣いている?泣いてるぞっ!

それまでストーリーの中で「ぶあぶえはっせん」(トラブル発生)などの決め台詞を真似することはあったが、まさか映画を見てしみじみと泣くとは夢にも思っていなかった。
3歳児にもわかるように作られている映画もすごいと思うが、アニメとはいえ、3歳の子どもが映画の登場人物に感情移入できるというのは驚きだった。
つい最近までは要求と拒否しかしなかった子どもが、アニメの中の子犬の気持ちを想像して自分に置き換えて考え、涙を流している。これは「共感」と呼んでもいいものではないだろうか。
自分と他人の区別がきちんとついて、さらに自分以外の誰かの気持ちを慮ることができるというのは、実は大人でもなかなか難しいことである。
3歳にしてこの能力を獲得したらしい息子だが、この共感力をぜひ養育者にも向けてもらいたいものである。

映画の帰りに近くにあった神社に立ち寄ってお参りをしたのだけれど、そんなにしっかり教えたつもりはないのに、息子はきちんと帽子を取ってお辞儀をし、手をパンパンと叩くことまでするようになった。子どもは本当にいろんなことをよく見ていることをあらためて感じている日々だ。

『できれば楽しく育てたい』黒沢秀樹・著 おおくぼひでたか・イラスト

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(by 黒沢秀樹)

※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
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