ブログのタイトルが変わります。
はい! 今日はムギの誕生日! ああ! ムギが! ムギが21歳になった! なった!
いやはや、めでたい。なんといっても今は誕生日に特別な感慨がある。
17歳まではふつうの誕生日だった。ケーキとごちそうを(妻とぼくが)食べて、ムギといつもよりたっぷり遊んだ。楽しい誕生日だった。
18歳から変わった。17歳2か月で慢性腎臓病の診断を受けたからだ。それからは次の誕生日を迎えられるのは当たり前のことではなくなった。1年先はたどりつけるかわからない遠い未来になった。
19歳、20歳、そして21歳の今日。誕生日はムギが生き延びたのを感謝する日になった。誰に? いやもう誰にでも何にでも惜しまず感謝をささげたい。ターン王子がハッピーパウダーを振りまくように分け隔てなく世界の隅々までもれなくありがとうをお届けしたい。ありがとう宇宙。ありがとうすべての素粒子。
このブログを始めたのが去年の6月22日。ムギが二十歳になったのが嬉しくて急に思い立って始めた。いつまで書くかなど考えていなかった。あれから1年経ったんだなあ。
つい最近、20年してきた首輪を外した。宅配便を受け取っているドアの隙間からダッシュで飛び出してしまうなんてことはもう絶対ありえないからだ。軽い首輪だけれどほんの少しでも負担が減ればと考えた。
この首輪は10年前に軽井沢で購入したもの。小さな鈴がついている。違う部屋にいても鈴の音がすると「ムギが起きたな」「ムギが来るな」とわかる。鈴の音はムギの音、かわいい音。外しても首輪をふるとチリンといって「あれ? ムギ?」と思う。
肉球は迷子札。迷子になったときのため、うらに名前と電話番号が書いてある。これが役立つことはもうないだろう。
10年つけてきた、もうムギの一部のような気がする首輪。でももういいね。身軽になろう。
くっきりついた首輪のあとは時間がたったら消えるだろうか。
宇宙一の美女は毎日昨日よりかわいくなる
ムギは2000年生まれ。ぎりぎり20世紀の生まれである。妻が結婚前から飼っていた猫で、ぼくはムギが9歳のとき初めて会い、12歳のとき同居するようになった。
結婚前妻がムギのことを常々「宇宙一の美女」と呼んでいたので、どれほどゴージャスな猫かと思っていたら、案外ふつうの猫だった。しかし一緒に暮らしてしばらくすると、ぼくにとっても全然普通の猫ではなく特別な猫になったのであった。
「宇宙一の美女は毎日昨日よりかわいくなるんだよ」と真顔で語る妻を見て猫バカもひどいものだと思っていたが、半年ほどたつとぼくもムギは毎日可愛くなるという事実をまるで疑わなくなったのであった。
ムギは人懐っこい猫で機嫌がいいと自分から寄ってくる。腕や足、肌の出ているところをすぐ舐める。愛情表現だと思う。しかししばらく舐めて最後は嚙む。あまがみではあるが、ちょっと痛い。だって猫の牙はとてもとがっているのだ。軽くかんだって痛いし血がにじむこともある。だから舐められるとカワイイなあと思いながら最後かまれないように逃げる準備もしていた。
今は逃げる必要がなくなった。舐めるだけで嚙まなくなったのだ。20歳になってようやく噛むと相手が痛いことに気づいたのか、それとも噛むと疲れるからか、真相はわからない。いずれにせよ安心して舐められていられるようになった。まあ猫の舌はざらざらしているから、舐められるだけでもひりひりするんだけれど。
いいよいいよ。また一年そのざらざら舌で舐めておくれ。
ムギ、お誕生日おめでとう!!!
(by 風木一人)