大切な愛猫とのお別れのとき(2)

ComSaf 猫 つめとぎ トンネル

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猫はトイレの場所を空間的に覚えている

晩ご飯の前にお風呂に入っておくことにした。服を脱いでいるとき初めて「今日の可能性だってあるのだ」と感じた。急いで洗って急いで出た。
かわって妻が入浴している間、ムッギンガム宮殿のムギを見ていた。立ち上がろうとしたのでトイレだと思った。今のムギには3メートルも遠い。ぼくはムギのトイレをムッギンガム宮殿のそばまで運んできた。ムギを抱き上げてトイレに入れてやった。ところがムギは自分からトイレを出て、もともとトイレがあった場所へよろよろと向かうではないか!

猫は空間的に覚えていると聞いたことがある。トイレそのものよりトイレのある場所が大事なのか。
急いでトイレをもとの場所へ戻す。ムギが入るのを手伝ってやる。フード付きのトイレだがフードは外していた。少しでも出入りしやすいように。
ムギは入ったはいいが、トイレの中でぺたっと寝そべってしまった。立てないのか、まだおしっこが出ていないから出るのを待っているのかわからない。
うんちやおしっこをするごとに片づけているからそんなに汚くはない。それでもトイレにうずくまっていられるのは嬉しくはない。ましてムギがトイレで息絶えるなんて絶対耐えられない。

しばらく待っても動かないので抱きかかえてムッギンガム宮殿に連れ戻した。そのとき右手首を嚙まれた。まだそんな力が残っていたのだ。「ここでいいのにゃ!」と言っていたのかもしれない。
ムギはまたもよろよろと立ち上がりもとの場所のトイレへ向かう。今度はトイレの手前でぺたんと横たわってしまった。もうしかたない。毛布の方をトイレ前に持ってきて、その上にムギをのせた。
お風呂から上がってきた妻と話し合った。トイレ前は死角で、自分もすぐそばに座り込むことでしかムギの様子を見守れない。やはり食卓からも目の届くムッギンガム宮殿に毛布ごと移動させることにした。それからはムギはそこでじっとしていた。寝返りも打たなかった。

洗えるふわふわ猫ベッド

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最後のあいさつ

晩ご飯後は二人でムギのすぐそばにいた。かわるがわるそっとなでた。ムギがだんだん毛づくろいをしなくなった分、妻が水のいらないシャンプーで身体をきれいにしたり、くしやブラシで毛並みを整えてやったりしていた。おかげでムギの毛は最後までさらさらときれいだった。
二人でラグに座りこみ、ムギの胸が静かに上下するのを見ていた。ときどき「ムギ、かわいいよ」「ムギ、大好きだよ」と声をかけた。

11時ごろだったろうか。ほとんど動かなかったムギがふいに手を、くいくい、くいくいくい、くいくい、と数度に分けてかいた。脚も同様に空を蹴った。口もかちかちと何度か嚙み合わされた。どれも軽くスローモーションがかかったような不思議な動きだった。
それきりムギは動かなかった。胸の上下も止まっていた。
その場で二人で泣いた。ひとしきり泣いた後、妻が「きれいにしてあげなきゃ」と言った。目を閉じさせ、目のまわり、口のまわりを中心に全身を拭いて、姿勢を整えた。

ぼくはネットで猫の葬儀について検索した。いずれ必要だと知りながらまったく調べていなかった。考えるのが嫌だったし、調べているところを妻に見られるのも嫌だった。
猫の葬儀をしてくれるところは近所にもいくつかあることがわかった。しかし何で選べばいいのかはまるでわからない。妻が、明日お世話になった動物病院の先生に相談しようと言ってくれて、そうだ、それがいいと思った。

段ボールに保冷剤をしき、ムギのお気に入りの毛布を載せ、ムギを横たえた。眠っているのと変わりない安らかな顔だった。もう1枚うすい毛布をかけその上にも保冷剤を置いた。
段ボールを閉じ、ムギにおやすみを言って、寝た。

(by 風木一人)


※最後の日にムギが噛んだ傷は10日以上たった今もほんのかすか残っている。数えきれないほどもらった噛み傷、ひっかき傷もこれが最後と思うと愛おしい。できることなら消えないでほしい。


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