さいはて社の大隅直人君のこと『ちゃっくりかき』(中澤智枝子・再話 五足萬・著 保立葉菜・絵 大隅書店)

絵本「ちゃっくりかき」

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『ちゃっくりかき』はぼくが初めて編集した絵本である。制作過程については こちら で、内容については こちら で、それぞれ詳しく書いたので、今日はこの本を編集する機会を与えてくれた大隅直人君のことを話そう。
大隅直人君は同じ中学高校で学んだ旧い友人である。

2006年、当時目白に住んでいたぼくに突然大隅君から電話があった。近くに来ているから出てこないか、と言う。笑ってしまった。同期とはいえ、卒業以来20年会っていなかったのだ。こういう機会は逃してはならない。駅前の居酒屋で飲んだ。まあ顔を見れば20年など吹き飛ぶものである。
彼は京都の人文系出版社に勤めたあと独立し、滋賀でフリーランスの編集をやっていた。同期で出版関係の仕事をしているのは我々くらいだし、これからは連絡取り合おうと約束した。
このときすでに彼は出版社を作る構想を語っていた気がするが、ぼくは半信半疑だった。まだ、ひとり出版社ブームが来る前で、周囲の環境も整っていないし、新たな出版社を作るのは既存の出版社の仕事を請負うよりよほどリスクが高いように見えた。
しかし彼が本気だったことは数年後わかる。

2005年から2012年くらいに、ぼくは「絵本ツアーat目白」というのをやっていた。2004年から2005年にかけ、目白駅周辺に3つの絵本専門店(※)がオープンしたのを受け、絵本好きの友人たちを誘い、3店をハシゴした上、収穫を肴に飲むという企画だった。
地元にできた絵本のお店を応援することと、絵本好きが集まって交流することが目的だった。参加者は作家、書店員、絵本ファン等ごちゃまぜで、飲みながら「珍しい本を見つけた!」「この絵本のここがいい!」と自慢しあうのはとても楽しかった。全部で10回ほど開催した。

2011年、大隅君もこの会に参加してくれた。飲みまで楽しんで解散し帰ろうとしたとき、彼に呼び止められた。「ちょっと頼みがある」
彼がカバンから取り出したのは分厚いゲラだった。いよいよ自分の出版社を作り、その第1作として出そうとしているものだった。表紙と挿絵のための絵描きさんを推薦してくれという。
「明後日まで東京にいるから明後日また会えないか?」
無茶な。のちに300ページ以上の本になる原稿である。それを読んでピッタリの絵描きさんを明後日までに考えろと? 2月のJR池袋駅の地下通路でぼくはきれいに酔いがさめた。

翌々日、今はなき紀伊国屋新宿南店で待ち合わせた。前日頭をフル回転させたぼくは第一候補に岡田千晶さんを考えていた。今は世界的に大活躍の岡田千晶さんだが、当時はまだ絵本は『うさぎくんとはるちゃん』しか出ていなかった。
ミラクルとしか思えないことが起きた。カバンに岡田さんの資料をつめて新宿南店に向かう跨線橋を渡っていると、なんと正面から岡田さんが歩いてきたのだ。これから大隅君に「この岡田千晶さんという人がいいと思うんだ」と話そうと思っていたら当のご本人にばったり会ったのである。
岡田さんは紀伊国屋で本を買った帰りだった。偶然を驚きあい「また今度ゆっくり」など言って岡田さんと別れたとき、見上げた新宿の空は大変青かった。

絵本やポストカードなど岡田さんの資料を見て、大隅君はすぐ気に入った。ぼくは他にも数人の絵描きさんの資料を持っていたが、結局見せなかった。大隅君がはっきり「この人にお願いしたい」と言ったからだ。
その後一度だけ2人を引き合わせるために3人で集まった。そのときも紀伊国屋新宿南店の絵本売場だったと思う。ぼくはあそこで待ち合わせるのが好きだった。

「子どもを信じること」田中茂樹・著 岡田千晶・絵 大隅書店

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『子どもを信じること』(田中茂樹著)は、2011年9月、岡田千晶さんの表紙画と挿絵で、大隅書店の第1作となった。
医師であり、臨床心理士であり、フットサルサークルのおっちゃんであり、4人の男の子の父親である著者が育児のことを書いた本だが、育児書と限定してしまうのはもったいない。より広く親子関係の本だと思う。親子関係ほど人の一生を左右する人間関係は他にないだろう。子育て中の人でなくても誰にでもお薦めできる名著だ。

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2016年の初め、また大隅君から連絡があり「絵本のディレクションをお願いしたい」と言われた。これが『ちゃっくりかき』だった。ぼくが以前「絵本の編集をしたい」と言ったことがあったのを覚えていてくれたのだと思う。
2016年の1年間をかけて完成、2017年1月に刊行された経緯はこの記事冒頭のリンクからご覧いただきたい。

大隅書店は2017年6月、さいはて社 に改称した。理由の一つとして大隅君は「個人名を冠するのに疑問を覚えるようになった」と述べていた。
大隅書店の設立は、ひとり出版社ブームに先駆けていたが、ブームが来てからも彼はひとり出版社と名乗ったことはない。多くの人と力をあわせて出版活動をしているから「ひとり」とは感じないと言う。
「小さいが総合出版社」が彼のモットーだ。小さいのだから個性を打ち出せ、得意ジャンルをしぼれと多くの人にアドバイスされたらしいが、価値ある企画ならジャンルは問わないという姿勢を変えていない。文芸、ノンフィクション、写真集、絵本、実用書と多様な出版活動を続けている。

余談だが、大隅直人君の叔父さんは世界的に著名な方である。なぜ世界的に著名かというとノーベル賞を受賞したからだ。オートファジーの研究で2016年ノーベル生理学・医学賞に輝いた大隅良典教授である。
友人の友人とか友人の親戚とかという話は、直接知らないわけだから、少々偉い人がいても少々ひどい人がいてもそう驚かないものだが、ノーベル賞にはさすがに驚いた。なんたってまあ……ノーベル賞ですからね。

(※「貝の小鳥」と「ブックギャラリーポポタム」と「絵本の家」)
※「絵本の家」小松崎敬子社長インタビュー全4回

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