空と大地とのあいだで

沖縄出身の詩人・山之口貘の「生活の柄」という作品の一節に、次のような言葉があります。

歩き疲れては
夜空と陸の隙間にもぐり込んで寝たのである
草に埋もれて寝たのである
ところ構わず寝たのである

「お国は?」と訊かれ、「亜熱帯のあの南の島」とつぶやく山之口は、ここにはいません。
実際に友人宅や公園を転々として生活したことのある山之口にとり、自分の居るところと寝る場所は、「夜空と陸の隙間」だったわけです。

前回、人の「所属」についてお話ししましたが、山之口貘はまさに、夜空と陸の隙間を自分の所属、居場所と考えていたのではないでしょうか。
もちろん、居場所は所属という言葉より広がりがありますから、夜空と陸の隙間を「所属先」と表現してしまうと少々の違和も感じますね。

ここで思いを馳せたいのは、夜空と陸の間に寝転がりながら、空や大地を感受することについてです。
みなさんは、大地に寝転がりながら夜空をみたことはありますか。
夏の夜空には流れ星も観ることができ、周りが真っ暗であればあるほど、自分も星の世界に溶けていくような感覚になるものです。

丸い球体に背中をくっつけて、宇宙をみながらぐるっと一回転。その速度はマッハ1.3で、音速を超えています。
静かで穏やかな一日のように見えても、僕たちはかなりのスピードで動いています。僕はそれを体感するために、時どき大地に寝転んで空を見ます。
そして、昼は流れる雲とおしゃべりし、夜は星々の歌を聴きます。……と書くと、なにやらメルヘンですね。

「夜空と陸の隙間にもぐり込んで寝たのである」と書いた山之口貘の詩を、高田渡が歌っています。タイトルも同じ「生活の柄」。これを聴いていると、空と大地の隙間で生きている自分たちに、改めて気づくことができます。
みなさんは「生活の柄」を聴いて、どんなことを思うでしょうか。

♩高田渡「生活の柄」
https://www.youtube.com/watch?v=fZmJPo1eTv4