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…………タモンです。
先週の続きです。
シムシム:「タモンくん、またひとりごとを言っとるな。まあ一緒にお茶を飲もうじゃないか。それで、話の続きですがね」
チヨ:「アルバート様が渦中に飛び込もうとしているホテル・ユートピアの内紛ですね」
シムシム:「そうそう、アルバートさんのお師匠にしてお父上はユートピアの創業一族のご出身。年の離れた末子ながら、並み居るきょうだいたちの中でも飛び抜けた才能を発揮しその経営手腕から魔術師と言われ、ユートピア中興の祖となった方なのですよ」
チヨ:「ほほう、微妙なお立場ですが魔術師とあっては誰にも止められますまい!ではアルバート様は魔術師の弟子というわけですね」
シムシム:「アルバートさんはもとは一族の遠縁でしたが訳あってそのお父上に引き取られ、ホテルの世界に入るとたちまち頭角を現し、並み居るライバルたちの中で飛び抜けて優秀だと誰の目にも明らかに」
チヨ:「ほほう、素晴らしい。しかしこれまたなかなか複雑なお立場ですね」
シムシム:「そうですな。お父上も争いごとの起こるのを懸念してあからさまに引き立てたり後継者として扱ったりはせず、厳しく接しておられたと聞きますが、亡くなる直前にアルバートさんを正式にご養子に迎えられたと」
チヨ:「最後の最後に、ものすごい争いごとの種を蒔いて行かれましたな!」
シムシム:「色々お考えはあったのでしょうが、結果としてはそういうことになってしまったようですなあ、まあ、穏便におさめるつもりがなんでもことを大きくする人はいるもんだ」
チヨ:「はなから穏便におさめるつもりのない人も時々いますがね」
シムシム:「はあ、いますかなそんな人騒がせが」
チヨ:「……で、結果として後継者争いが激化したのが内紛の実態というわけですか」
シムシム:「いえ、それだけではありませんぞ。もともと意見を異にしていたアルバートさんの父上と、その兄上との間に争いがあったのです。今もそれぞれの遺志を引き継ぐ形で、残された近しい立場の人たちが二派に別れて盛大に争っているという噂でしてね」
チヨ:「ははあ、さすがシェフ、人間界のゴシップにもお詳しい」
シムシム:「情報通といってくださいよ。私の鼻は地獄鼻ですからな」
チヨ:「鼻!?……ええとつまり、誰をトップに据えるかというだけの争いではない、ということは」
シムシム:「そうですね、大雑把に言うと、父上派がサービスの原点回帰派、伯父上派が事業拡大派だと聞いておりますよ。アルバートさんも大変な世界に帰られるわけですが、なに、やはり鍵が増えたのはおかしな現象ですが吉兆ですよ。一つの扉を開ける鍵がいくつもあること、一つの鍵でいくつもの扉が開くことなどを示唆しているようではないですか」
チヨ:「なんかいいこと風に言ってますね。おやシェフ、その花は一体?」
シムシム:「私の地獄鼻がどうかしましたかね」
チヨ:「その鼻じゃなくて、花ですってば」
シムシム:「テーブルの上のこれですかな?」
チヨ:「それと同じ花がほら、シェフのポケットに」
シムシム:「おや、どうしたことだ、いつの間に。むむ?チヨさんの背中にも花が。あれ、ここにも……」
チヨ:「どんどんお花が出てきますよ」
シムシム:「んん!?タモンくんの手の中から次々にバラの花が!すごいなあ、きみ、そんな特技があったのかね」
チヨ:「手妻というやつですね」
シムシム:「チヨさん、いくらなんでもその言い方は古すぎますよ。200年くらい前の表現でしょう。今は手品と言うんです」
タモン:「……………………マジック」
チヨ:「はっはっはっ、シェフの言い方も古いみたいですよ」
シムシム:「そのマジック、一体いつどこで習得したんだね。まさかクラーラさんの鍵もきみのしわざかね?」
チヨ:「さすがにそんなわけはないですよねえ」
シムシム:「いやはや、タモンくん、わりと長いつき合いだけれど、そんなことができるとは全然知らなかったなあ。誰かに習ったのかね?」
タモン:「……………………まほうつかい」
シムシム:「…………」
チヨ:「タモンさんも魔法使いの弟子みたいですね」
シムシム:「意外とよくいるもんだな、魔術師やら魔法使いやら」
チヨ:「いやいや」
シムシム:「なにやらますます不思議なことが起こる予感がしてきたぞ」
チヨ:「それは確かに。アルバート様は案外台風の目のような方かもしれないとも思ったのですが、台風の目も一つとは限りませんからねえ」
シムシム:「謎というのは解けたような気になっていると知らないうちに増殖するものですからな。これは面白いぞ」
チヨ:「どうなることですかね」
シムシム:「ワクワクしてきた、ひとつバラの花と魔法をイメージした服でも新調するかな」
チヨ:「なぜそうなるんです」
…………タモンでした
ティーラウンジのマスター、タモンさんが超寡黙にお送りしました。
前回のお話はこちらです。
タモンさんの静かな仕事ぶりはこちらを。
ホテル暴風雨ではみなさまからのお便りをお待ちしております!
「ホテル暴風雨の日々」続きをお楽しみに!