弘法大師空海といえば言わずと知れた真言宗の開祖ですが、日本各地で温泉を掘ったり両手両足と口で筆を持って五行同時に文字を書いたり死んでも生きているという噂があったりと、数々の伝説に彩られた超人でもあります。
幼少の頃から学芸に秀でた人物であったようですが、青年時代に虚空蔵菩薩求聞持法というスーパー記憶術を会得し、当時最先端の学問・技術を持っていた中国(唐)に留学するや、わずか二年で全て吸収した挙句に五百人いたという先輩弟子をごぼう抜きにして密教の正統伝承者に選ばれて帰国します。
その後、経験に裏打ちされた実力を背景に自信満々の言動を繰り返すようになるのですが、ここでご紹介するのは彼が亡くなる前年に発表された論文「般若心経秘鍵」です。
当時すでに広く普及していた「般若心経」に独自の立場から解説を加え、従来型の解釈や視野の狭い研究者をなで斬りにしてゆく様には、ある種の爽快感すら覚えます。
もはや一種の「オレ様主義」ではないかと思えるほどの堂々たる立論ぶり、お楽しみいただけますと幸いです。
「般若心経の秘密」
文殊菩薩が装備している鋭い剣は我らの愚にもつかない妄想をばっさりと切り捨て、般若菩薩がサンスクリットで書きおろした言葉の数々は我らに正しく生きる道を教えてくれる。
二人はそれぞれ「マン」「チク」の梵字で象徴されるのだが、このたった二文字の中にありとあらゆる教えが全て含まれているというのだから実にもの凄い話である。
死は言うまでもなく恐ろしい苦しみであるが、そこへ至る生もまた苦しみに満ちたものだ。この無限の苦しみの連続を止めること、それはただ「正しい考え」と「集中力」によってのみ成し得るのだとオレは考えている。
かつてブッダは誰にも正しく理解されないことを承知のうえで、激烈な自己格闘の末にたどりついた「究極の悟りの境地」を自ら説いてまわる道を選んだ。そして今、オレもまたブッダと同じ覚悟で「究極の境地」の解説にチャレンジしようとしている。
文殊、般若の両菩薩よ、オレに力を貸せ!!
―――――つづく