クマ 〜北海道土産の定番・鮭をくわえた木彫りの熊が世界へ羽ばたくとき

「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第1回 クマ 〜北海道土産の定番・鮭をくわえた木彫りの熊が世界へ羽ばたくとき」

 私は関西で生まれ関西で育ったが、母は北海道出身である。幼稚園に入る前は関西弁をしゃべらず、よく風呂で父に数字の数え方のイントネーションを指導されたのを記憶している。幼少の頃から夏には北海道の母の実家に里帰りをしていたので、北海道は身近に感じていた。その後、北海道の大学に進学し、そのまま就職、現在に至るまで北海道に暮らしている。今では関西より北海道で暮らす日々の方が長くなってしまった。

 子供の頃、夏休みも終わりに近づき北海道の母の実家から関西に戻る際、空港で土産物を見ていると、鮭をくわえた熊の置物が売られていた。昭和の時代、北海道旅行は一種のステータスで、その証拠として鮭をくわえた熊の置物を玄関に飾ることで、訪ねてきた人に暗にそのことをアピールしていたのである。また、少し小型の熊をご近所にプレゼントして優越感に浸っていた、というのは少し言い過ぎだが、お土産としても鮭をくわえた熊の置物は人気があった。

 だが、小型の熊の置物をもらったご近所さんは、その処分に苦慮するのである。玄関に置くにしても小さすぎるし、訪ねてきた人に「北海道に行ってきたのですか」と聞かれても、「もらい物です」と言って気まずい雰囲気になるのも目に見えている。そこで行き場のない熊はテレビの上に飾られることになる。テレビの上には他にも桜島のスノードーム、小田原の提灯、こけし、赤べこ、シーサーなどなど所狭しと並べられている。ロンドンの2階建てバスが加わっていると、その人の交友関係は広い。

 平成に入りテレビは薄型の時代になった。薄型テレビが家にやってくる前日、これらの置物は一時的に、ペイズリーの敷物とともに段ボールに入れられる。次の日、薄型テレビが設置されるとテレビの上が寂しく感じて前日の段ボールを取り出すのである。ペイズリーの敷物は画面が見えなくなるので、とりあえず洗濯物に。あとの熊、スノードーム、提灯、こけし、赤べこ、シーサー、2階建てバスは一応テレビの上に乗せてみるものの、角度を変えるたびに落ちそうになるのでもう一度段ボールの中へ、そして押し入れの中で令和まで眠るのである。ただ、2階建てバスはしまっておくのも忍びないので玄関の隅っこに置かれることになる。このようにして鮭をくわえた熊の置物は土産物としての市民権を失い、令和の時代、日本国民から忘れ去られようとしているのである。

 ところが、近年外国からの旅行者が増え、鮭をくわえた熊の置物は復権を果たそうとしている。かつて本州の人が抱いていた憧れを、今では東南アジアの人が北海道に対して抱いているのである。そういった中、北海道旅行の記念として鮭をくわえた熊の置物が見直されている。

 一方で、私は熊の置物が工芸品としての価値を再発見させられる体験をした。それは私がアメリカの友人を訪ねた時の事である。お土産を何にしようかいろいろ考えていたら、ダイソーで見かけた「氷」の旗が気になった。外国の人は漢字が入ったものが好きだというイメージがあったため、丸めてスーツケースに入れられるし、いいものを見つけたと思った。また、その友人はホタテを採る漁業会社を経営しているので、ホタテの形をした皿を見つけ、これも購入した。お土産としては少し寂しいなと思いながら出発する空港に着いたとき、ふらっと寄ったお土産屋さんに鮭をくわえた熊の置物を発見した。私が友人を訪ねた記念として小型の熊の置物があってもいいかと思い、下から2番目に小さい鮭をくわえた熊の置物、1500円(税別)を購入した。

 アメリカに到着し、友人にこれらのお土産を渡した。ホタテの形をした皿は非常に好評で、それもそのはず、その友人は皿や置物などのコレクターだったのである。見せてもらったコレクションには生牡蠣を食べるときに使う5つの窪みのついた中世の皿やティファニーのステンドグラスなどがあり、その中にホタテの形をした皿も仲間入りした。さらに意外にも鮭をくわえた熊の置物が好評であった。

 熊の置物はアイヌ工芸品の隣で売られていることが多いが、アイヌとは無関係で、大正末期に農民の冬の内職として始められたものである。北海道の南西に位置する八雲町発祥で、1923年、尾張徳川家第19代当主の徳川義親の指導で始まったとされる。義親は前年スイスに旅行に行っており、そこで購入した木彫りの鹿や熊の彫刻を見て思いついた。

 こういった背景をアメリカの友人に話して聞かせようと思ったが、私のつたない英語では「100年ほど前から冬の内職で始まった」くらいしか伝えることができなかった。友人はこの熊の置物について、「熊の躍動感が伝わってくる。特に鮭をくわえていることで自然を感じる」(意訳)と言っていた。我々は見慣れてしまっているからか、この熊の置物の芸術性について関心を抱いていなかったかもしれない。友人の言うように鮭をくわえて自然と躍動感を同時に表現する熊の置物は芸術品と言ってもいい。

 日本の外に出ることによって今までの当たり前を再確認できるので、私は旅行が大好きだ。旅行をすることで、いつもの生活の中にちょっとした引っかかりができる。この引っかかりとは、時に道路標識の国による違いだったり、雨が降った時の傘さし率の違いだったりして、普段は気にならないようなことを気にさせるのである。気になったら調べてみるか、あるいは妄想してみるのもいい。きっとほんの少しスパイスが利いた日常生活を送ることができるはずだ。

 ちなみに、「氷」の旗は一応喜んでくれたが、その後一切話題には上らなかった。

<編集後記>

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第1回「クマ 〜北海道土産の定番・鮭をくわえた木彫りの熊が世界へ羽ばたくとき」 いかがでしたでしょうか?

ポッドキャスト「妄想旅ラジオ」第1回放送「クマ」も、ぜひ合わせて聴いてみてください。
(↑こちらのリンク先に、視聴方法も詳しく書かれています。PCでもスマホでも聴けます)

さて自己紹介が遅れましたが、わたくし編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟と申します。ホテル暴風雨オーナーです。今後この連載を担当します、どうぞよろしくお願いいたします。

こんにちは!

何を隠そう私は「妄想旅ラジオ」の大ファンで、配信は毎回必ずどころか、過去回もエンドレスに何度も聴くほどです。この連載も、超簡単に言いますと、ぐっちーさんとtwitterなどでつながっていたご縁で実現しました。

第1回放送の「クマ」回も、もちろんこれを機会に改めて聴きましたが、「テレビの薄型化と木彫りの熊」についての考察は放送でもばっちり触れられていましたね。

ポッドキャスト第1回はまだ初々しい香りがして、今後ぐっちーさんが妄想の暴走度をどんどん高めてゆくことになるのはリスナーのみぞ知る、といったところですが、こちらのエッセイではもう自由闊達な妄想ぶり。えーと、それはどういうことですか? と、ぐっちーさんにあれこれ聞いてみたくなるような……聞いてみたいですよね、みなさんも?

というわけで、私がぐっちーさんにTwitterで公開質問します!

こちらのアカウント 斎藤雨梟 on twitter @ukyo_an でつぶやきますので、ご注目ください。よかったらみなさんもぜひコメントを返信して参加してください。ぐっちーさんが何でも答えてくれる! かも!? (いただいたコメントは次回以降こちらのサイトに掲載するかもしれません、ご承知おきの上、どうぞよろしくお願いいたします)

「木彫りの熊」といえば オムニバス映画「ユメ十夜」の「第六夜」(松尾スズキ監督)に実にいい役どころで登場したのが忘れられません。第六夜が一番面白かったなあ〜。みなさんご覧になりましたか。主演は阿部サダヲさん。DVDも出ていますし、今はamazon prime video の特典対象にもなっているのでご興味ある方はこちらもぜひ。