天藤真『鈍い球音』 野球音痴のための野球推理小説(2)

またまた出ました、間違い探しクイズです。先週のタイトル絵とどこが違うでしょう?答は記事の最後に。

こんにちは。地球フィクション研究家・猫型宇宙人の猫丸です。

今回は前回に引き続き、野球音痴のための野球推理小説案内をお送りしたい。

もう一度説明すると、野球音痴でも楽しめる野球推理小説を「野球音痴でも楽しめる度」と、「野球音痴のためのガイド」をつけてご紹介しようと、宇宙人としては失血死レベルの驚くべきサービス精神を発揮してみたので、できることなら読んでほしいものだ。

「野球音痴でも楽しめる度」の数値は、むしろ「野球音痴でなくても楽しめる野球音痴のための小説」とでも言いたい野球推理小説・青井夏海著『スタジアム虹の事件簿』を基準作品とし、この作品を100とした時の相対評価を数字で表した。

青井夏海著『スタジアム虹の事件簿』 野球音痴でも楽しめる度:100

さて今回ご紹介する作品とは……

天藤真著『鈍い球音』

これは1971年に発表されたやや古い作品である。プロ野球の世界を舞台に、人気球団の監督が日本シリーズを目前に行方不明になるという謎めいた事件が起こる。東京タワーの展望台にのぼって行ったきり、トレードマークの「口髭」と、被っていた「ベレー帽」だけをその場に残し、本人は忽然と姿を消してしまう。これは失踪なのか?誘拐なのか?

行方不明になった桂周平は、プロ野球「東京ヒーローズ」の監督だ。東京ヒーローズは万年リーグ最下位だったが、桂監督の元で力を伸ばし、今年はついにリーグ優勝し、日本シリーズに出場する。対戦チームは「大阪ダイア」。こちらは常時優勝候補のチームなのだが、実は桂監督の古巣である。

桂監督は大阪ダイアの選手から大阪ダイアの二軍監督になったという「生え抜き」の大阪ダイア人であるが、大阪ダイアを追放され、東京ヒーローズの監督になったという経緯がある。

大事な日本シリーズを控えた今、この人なくしてチームは戦えまいと誰もが思う桂監督が消えたのは、敵対するチームの誰かの仕業なのか?それとも?

桂監督と共に大阪から移ってきた東京ヒーローズの若きピッチングコーチ・立花から直々に頼まれ、「東日新聞」記者の谷田貝今日太郎が仲間の記者3名と共に、内々に桂監督を取り戻すべく事件に挑み、奔走する。

ヒゲの桂監督、その跳ねっ返り娘・桂比奈子、監督に心酔するピッチングコーチ、監督の秘密の愛人とその夫、個性豊かな新聞記者たち、財界に大きな影響力を持つ、いかにも「黒幕」然とした球団オーナー、などなど、やや誇張されたキャラクターがどれも面白く、古さをまったく感じさせず、時には古さを程よいスパイスに楽しめる。「東京」の監督が消えたとなると「大阪」関係者の陰謀かと思いきや、「賭け屋」という第三勢力が登場したり、桂監督が「大阪」を追放されたのも実は「大阪」側の密命のためかという疑惑が出てきたり、ストーリーの主をなす人間同士の駆け引きも、驚きの結末が徐々に明かされるプロセスも、野球がわからなくとも十分に楽しめる。事件の首謀者の動機、それを助けて隠そうとする人たちの取る方法、そして暴く側の推理、などにおける人間心理の機微が非常に巧みに描かれているのが本作の最も面白いところなので、野球の細かな知識が必須ではない。そこが「野球音痴にもすすめられる」理由であり、作品が古びない理由でもあるのだろう。

天藤真著『鈍い球音』野球音痴でも楽しめる度:65

さて「野球音痴向けガイド」コーナーです

(前回同様、この項目は野球に詳しい人、野球音痴が何がわからないかに興味のない人、などが読むには向かないので注意)

野球音痴にもすすめられると言っておきながら、野球音痴でも楽しめる度は65とやや低い数値にした。

もちろん、「野球がわからなすぎて途中で読むのが嫌になる」ということはないだろう。

ただ、この小説においても野球は「飾りじゃない」のだ。まず全体的なところを言うと、「勝つ確率を最大化する戦略とチームプレイが大切」な野球において、しかも多数の選手を抱えてどの局面で誰を使うかの判断の幅が大きいプロ野球では特に、「監督」の存在が非常に重要、という理解が必要だ。しかしそうは言っても人間のすること、高確率な順にことが運ぶとは限らず、意外な逆転劇が有り得るのも野球の面白さであるらしい。こうした、個別のルール以前の「楽しむための野球全体のシルエット」のようなものが頭に描けているほうがわかりやすいのだろうと思う(私の場合、きっとそうなのだろうという推測で十分楽しめたが)。

人間心理の機微が巧みに描かれているのが本作の魅力だと先ほども書いたが、「野球好きな人間の心の機微」についても「わかる」と思えればなお楽しめるというところだろうか。

次に具体的にわかっていた方がいい知識である。

*日本のプロ野球には二つのリーグがあり、シーズンを通じてリーグ内総当たりで試合をし、両リーグで最強となったチーム同士が戦うのが「日本シリーズ」である。つまりこの試合の時だけ、異なるリーグに属する二つのチームが対戦することになり、これがプロ野球最大のイベントとして盛り上がるらしい。

*日本シリーズの試合を行う場所は、どちらかのチームの本拠地である球場である。どちらの本拠地を第1戦で使うかは両リーグ1年交代。1・2戦と6・7戦が一方のチームの本拠地、3・4・5戦が対戦チームの本拠地となる。4戦先勝したチームが優勝となる。本作において、どのタイミングで大阪から東京、また東京から大阪へ移動するのかというのもポイントになっている。

*野球においては「打順」というものが非常に重要である。3回アウトを取られたら攻撃は終わりなので、打順の早い方に強打者を揃えるのが定石。また、「投げるのが得意な選手」と「打つのが得意な選手」はよほど特殊な場合を除き完全分業であるらしい(これがわからないゆえ野球音痴が置いていかれがちな重要ポイントだ)。たが、投手もまた打順に入らねばならない。ぜひ打ちたい局面で、(打つのが得意でない)投手の打順がきた場合、メンバーを入れ替え、打てる選手を「代打」に出すことはできるが、それをすると引っ込められた投手はもう同じ試合に出ることはできない。今は主力投手に投げ続けさせることが重要か、とにかく打つことが重要か、判断がしばしば勝敗を左右するようだ。こうした事情で投手が途中で交代することがあり、また、前回の野球音痴ガイドにも書いたように、投球は投手の身体に負担のかかることで、無闇に投げ続けられないので、チームには投手がたくさんいる。試合開始から投げ続ける「先発投手」が降板した後、「リリーフ」と呼ばれる何人もの投手たちを、試合の局面に応じて次々起用するのが一般的らしい。これらの投手たちは、出番が来ればいつでも投げられるよう、試合中も「ブルペン」(意味は「牛の囲い場」)と呼ばれる球場内の練習場で、投げる練習をしながら控えている。「代打」にせよ「リリーフ」にせよ、重要な局面で適切な人材投入をできるか、が問われるところで、監督不在で日本シリーズにのぞむ東京ヒーローズがピンチでどういう作戦で来るかが、作中の試合の中でも見所であり、推理小説としても謎を秘めた重要場面となる。

*プロ野球における球団オーナー、監督、ヘッドコーチ、ピッチングコーチ がどの順にどれだけ偉いのかは把握していないとわけが分からない。だがこれは、読んでいれば予想はつく。今書いた順に偉い。「どれだけ偉いか」という力関係については、作中に書かれた感触では

オーナー>>>>>監督>>ヘッドコーチ>>>ピッチングコーチといった感じだがよくわからない。

これまたプロ野球好きの人には「常識」なんだろうが、人並み外れた野球音痴には把握するのに骨が折れたことである。

以上、天藤真著『鈍い球音』のご紹介と、野球音痴のためのその読書ガイドでした。野球音痴の皆さん、本ガイドを読んでぜひ『鈍い球音』も読んでみてほしい。

2回に渡ってお送りしたが、他にも野球推理小説はまだまだある。読んだことがある中で特に面白く印象に残った作品だけを取り上げたが、新たな面白い作品を発見した際は、また「野球音痴にも楽しめる度」を数値化してご紹介したい。

しかしやはり、自分が実際に楽しんでこそ、実際に人間がやっているのを見てこそ、と思われる「スポーツ」が虚構の中でこうも数多く描かれるという現象は興味深いとしか言いようがない。

ならば「虚構を作る」ことを虚構の中で語るということもなされそうなもので、実はそういう作品もたくさんある。

青井夏海著『あかつき球団事務所』について「フィクションらしさのありようが良い」というようなことを書いたことからお気づきの方もあろうが、私はフィクションらしい作品は大好きで、中でも独特のフィクションらしさを持つ「フィクションの中でフィクションを語る」作品にも好きなものが多い。次回はそういう作品について書きたい。


※間違い探しクイズの答:目の色が違います。2週間に渡って野球熱を出し続けて目が充血してしまったようです。


猫丸の地球虚構研究、いかがでしたでしょうか。

次回は「フィクションを描いたフィクション」についてのお話です。どうぞお楽しみに。

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