
鷲が峰ひゅっての本棚
【第十話】
サリーさんとは、お父さんが買って来る山の雑誌の企画で、一緒に穂高縦走することになって知り合った。
その縦走は、主催者側の都合で急遽中止になってしまったのだけど、そのやり取りをする中でわたしがサリーさんのコラムのファンだとお父さんがサリーさんに言って、何となく連絡先を交換して、そこから時々LINEをやり取りする関係になった。
最初は緊張してたしあんまり積極的に返信したりしなかったんだけど、なんとなく途中から、年の離れたお姉さんができたみたいで嬉しくなって、最近では山登りでのライフハックだけでなく、学校でのあれこれ何かも相談したりするようになった。
サリーさんに、この〝やめられない止まらない〟あれこれについて相談してみたら、答えはわたしの想像を超えていた。
「それはね、諦める」
「諦めるって? 最初からやらないってこと?」
「違う。やめるのを諦める」
「えっ? ずっとし続けるってこと?」
「そう」
「かっぱえびせんを食べるのも、あつ森をするのも、読書も?」
「そう。あと、LINEのやり取りもね」
「エーッ。それは疲れちゃうよ。特にLINEは。それにずっとゲームやスマホしてたら、お母さんに怒られるよ」
「怒られたら、やめればいい」
「エーッ!」
「怒られるまでやる。限界がどこか探ってみるのも面白いよ」
「やだあ。自分から怒られにいくのは嫌だよ」
「だからその限界も探りにいくのよ。どこまでだったら行けるのか、どこまでならお母さんは怒らないか。それを〝もうこれ、いっか〟って思う自分の気持ちの限界と一緒に、見に行くの。限界の際は、行ってみないとわからないよ。でもこれ、山ではやらないでね。山ではね、攻めるんじゃなくて守るの。危ないと思えば逃げる、無理だと思ったらやめる。天気が悪いのに行かない。これ、絶対ね。そうしないと命落とすから。冗談じゃなくて、ホントに」
サリーさんは、これまでわたしの周りにはいなかったタイプの大人の人。
いつも、思いもよらないことを言ったりやったりする。
それはそれで面白いけど、元々この辺の人じゃないみたいだし、ずっといるかわからないし、あんまり真に受けないようにはしてる。
田舎は意外と頭固い人とか多くて。そこから外れるといろいろやりにくくなったりするから。わたしだけでなく、うちの家族もみんな。
でも、その〝際を見る〟というのは、やってみようかなと思った。もちろん山以外のところで。
お母さんの怒りのビーカーがどれくらいの大きさで、どれくらい怒らせたら、ドバーって溢れるかはなんとなくわかってる。少なくともお兄ちゃんよりは。
お母さんの気分次第で偶に失敗する時もあるけど、たぶん大丈夫。〝ヤバイ〟と思ったら引っ込めればいいし。ひどいことにはならない。
でも、学校とか勉強系はやっぱり地雷多そうだし、さすがにいきなり怒られるのは嫌だから、学校とか勉強と天秤にかけてお母さんが怒りやすそうなゲームとかLINEじゃなく、まずは、かっぱえびせんで試してみることにした。
これならたぶん楽勝。
とはいえ、準備は抜かりなく。
山登りの時と同じだねってサリーさんに言ったら、「そうそう」と言ってた。
かっぱえびせんを準備するために台所に取りに行ったら、お兄ちゃんに「食わないって言ったくせになんで食うんだよ」とか文句言われたけど無視した。
あんまりうるさく言ってきたら、テストで悪い点とった答案の隠し場所をお母さんに密告するって言ってやるつもりでいたけど、ギッと睨んで袋を抱えて自分の部屋に持ってったら、それ以上、何も言ってこなかった。
かっぱえびせん一袋くらいなら余裕で食べれそうだから、一応、二袋確保した。
そのために、お兄ちゃんからの強奪作戦を二日やった。続けてやるとぶつぶつ言ってきそうだから、ちょっと時間開けて別々の日に。
でも掃除の時に、お母さんに食べてない袋を見つけられたら困るから、隠し場所にはちょっと工夫した。って言っても、お父さんと山登りに行く時のリュックサックの中に入れただけなんだけど。お母さんは絶対に見ないから。
二袋食べても限界来なかったらどうしようって思ったけど、その時はその時。
かっぱえびせん一袋くらいなら、デリシアで、わたしのお小遣いでも買えるでしょう。たぶん。それ以上行っちゃったらヤバいけど。
でもさすがにそこまでは行かないと思う。中毒性があるからわからないけど。
ま、その時はその時だ。
みんなが休みの日だといろいろ呼び出されたりすることも多いし、ずっと部屋に閉じ籠っていられなかったりするから、やるならやっぱり普通の日の放課後がいいと思った。
でもそれをやっちゃうと、たぶん絶対、晩ごはん食べられなくなるからどうしようと思ったんだけど、お母さんが夜、出かける日があって、その日にやろうと思った。
いつもそういう時は、母屋に住んでるおばあちゃんのところで食べるんだけど、おばあちゃんは最近、ちょっと呆けてきちゃって、わたしたちが食べたかどうかを覚えてなかったりするので、「ごはん食べな」と呼びに来ても「さっき食べたよ」って言えば「あら、そう?」って特にそれ以上言ってこないはず。
おじいちゃんは覚えてるだろうけど、夜はいつもお酒飲むのに一生懸命で、他の人のこととか全く気にしていないから、大丈夫だと思う。
お兄ちゃんも、わたしの分までおかずがたくさん食べられるから、敢えてチクったりしないはず。ていうか、そもそも時間をずらしていけばいいし。
お盆とかお正月以外のおばあちゃんちの普段の晩ごはんは、うちみたいに、おかずも家族一人ずつのお皿に最初から盛られてて、みんなで揃って食べるんじゃなくて、テーブルの上に、大きなお皿に盛られたおかずがドーンって置かれてて、みんな好きな時に、自分でごはんとお味噌汁よそって勝手に食べる感じだから。いつ食べに行ってもいいんだよね。
お母さんは、「だからこそ、銘々勝手な時間に行って食べるんじゃなく揃っていくのよ。おばあちゃん、なかなか片付かなくて困るんだから」って言ってたけど、基本、お母さんがいる時はおばあちゃんちで食べることはないから「はいはい」って適当に聞いてた。
そんなわけで、誰にも邪魔されずに、それは決行できた。
久しぶりに食べたかっぱえびせんは、やっぱりめっちゃ美味しくて、「マジ、止まんないわ」って思ったし、かっぱえびせんには限界なんて存在するわけないよと一瞬思えたけど、やっぱりそんなことはなくて、普通にお腹いっぱいになったし、自然と手が止まる瞬間は来た。
記録は、一袋と4分の1。
二袋目は結構残ったのでお兄ちゃんにあげた。「食い残しかよ」とか文句言ってきたけど、「いらないなら、いいよ」と言って取り返そうとしたら、抱えこんで渡そうとしなかった。
もっとお腹空いてる時とか条件が違ったら、また違う結果になるかもしれないけど、わたしのかっぱえびせんの限界の際は〝一袋と4分の1〟ということがわかったら、そんなに恐れることでもなかったわ、と思った。
十分お腹いっぱいになったから、晩ごはんは食べなくて大丈夫だと思ったけど、寝る前頃に、なんかちょっと空いてきちゃって、冷蔵庫から茄子の鉄火味噌の残りをつまみ食いしたら、白いごはんが食べたくなって困っちゃった。冷凍ごはんまで温めてたら、さすがにお母さんに見つかっちゃうからね。
【第十一話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『潮時』第十話、いかがでしたでしょう。「かっぱえびせんの限界に挑戦」という計画にはワクワク・ハラハラ・ドキドキしますし、前章「招かれざる客」の主人公・サリーことさおりにこんな一面があったとは、というのも意外です。さて、次の限界への挑戦はあるのか? 次回もどうぞお楽しみに。
作者へのメッセージ、「ホテル暴風雨」へのご意見、ご感想などはこちらのメールフォームにてお待ちしております。