「全員嫌な奴」系とは何か
こんにちは。猫型宇宙人の猫丸です。
相変わらず地球のフィクションが大好きで日々研究している。
以前、坂口安吾著『不連続殺人事件』について、「全員嫌な奴」系の傑作であると書いた。
全員嫌な奴系というのは『不連続殺人事件』に代表される、嫌な奴ばかり出てくるフィクションのことだ。私の考えた分類であり、もっと的確な用語があるのかもしれないし、そのような概念はまだないのかもしれない。全員嫌な奴系の難しい点は、登場人物が全員嫌な奴ならばいいかというとそうはいかないところだ。
いいじゃないかと言われそうだが、自分で勝手に考えた概念だけに、こだわりと愛着が生じてしまい、ぞんざいに扱えない。また、読んで面白くなければわざわざ勝手な用語を作ってまで分類するに値しない。
たとえば、「人物を嫌な奴として描こうとしていないのに読者には嫌な奴に感じられる」というのではフィクションとして今ひとつではないだろうか。そういうつまらない「全員嫌な奴」系と、嫌な奴しか出てこないからこそ面白い名作を一緒くたにしたくない、むしろ「全員嫌な奴」系と呼びたくないというモヤモヤした気分がある。
だが本当は作者の意図なんかはわからない。他の人間にだってわからないらしいのだ、ましてや猫型宇宙人にわかるわけがない。「いい人らしく書いてあるがこの人嫌な奴だなあ」という感じ方もあくまでも主観。
「全員嫌な奴」系は読者の心の中に読者の数だけある
などという、当たり前でつまらない標語みたいな結論に落ち着いてきてうんざりして気落ちしていたところに、「全員嫌な奴」系の面白い本を読んだ。
それが、この作品。
岸田るり子著『密室の鎮魂歌(レクイエム)』
主人公・若泉麻美が、高校時代の友人・篠原由加を連れて高名な画家・新城麗子の個展へ赴く。麗子は麻美の美大時代の同期である。個展会場で由加がある絵の前で悲鳴をあげて倒れ、のちに「この画家は失踪した私の夫をどこかに隠している」と騒ぎ出す。(由加の夫は5年前に失踪しており、麗子と由加は面識がない)
麻美がそれぞれに事情を聞いてみると、由加は誰も知らないはずの夫の秘密が絵の中に描かれていると言う。麗子は由加の夫など知らないし、該当する絵柄は100%自分の想像で描いたものだと主張する。
という不可解な導入部で始まり、5年前の密室失踪事件を振り返るうちに今度は連続密室殺人事件が起こる。被害者たちの共通点は薄く、敢えて言えば「麻美の友人や知人である」ということだけで、巻き込まれただけの麻美自身にも不可解すぎる状況である。
次々と出てくる「謎」も魅力的で、出てくる登場人物がこれまた見事に「全員嫌な奴」で愉快。主人公・麻美は一応「普通の、まともな人」として描かれ、麻美の視点で描かれるだけに当初は自然にそう信じられるのだが、次第に魔性と言えるほどの「お人好し」である点が強調されてきてそこもほんのりと不気味で面白い。
読み終わって「これはなかなかの全員嫌な奴系!」と満足した。
陰性「全員嫌な奴」系の魅力
嫌な奴がたくさん出てくるのにつまらない作品のつまらなさを分析するなど、一人で滝にでも打たれながらすればいい。もちろんしなくてもいい。ここでわざわざ皆さんに読んでいただくからに、は面白い「全員嫌な奴」系について考えたいではないか。
坂口安吾著『不連続殺人事件』と岸田るり子著『密室の鎮魂歌(レクイエム)』では異なる点も多い。むしろ異なる点の方が多い。
「全員嫌な奴」系という分類の本質に関わってきそうな重大な相違点に絞ると、『不連続殺人事件』が嫌な奴の嫌な奴ぶりを明るくカラリと描いているのに対し、『密室の鎮魂歌(レクイエム)』はやや重いところが一番目につく。登場人物たち(つまり嫌な奴ら)は嫌な奴らであるがそうではないかのように取り繕い、思い込みもする。取り繕うさまの描写もどちらかというとどろどろしている。
実を言うと私は、「どろどろ」をさほど好まないたちである。「どろどろ」が大好きだという人もいると聞くことだし、地球フィクション愛好家の嗜みとしてどろどろ成分のあるものも読んでみようとは思う。また、素晴らしい香りの香水やウイスキーなどは、調合する際ほんの少しの「悪臭」を混ぜるのが秘訣であるとも聞いたことがある。フィクションにとっての「どろどろ」も魔法のひと匙の悪臭のようなものかもしれないと受け容れている。
しかし所詮は猫型宇宙人なのである。実際読むとなると、どろどろとした感情・情念を描いた部分を「退屈」との箱書きかのように脳内で勝手に読み替え、ふと気づくと飛ばし読みをしていることがある。それで重要なポイントを読みそびれたり、気づいたら内容が入ってこないうちに本自体が終わっていたということも一度や二度ではない。
そんな私であるが、この『密室の鎮魂歌(レクイエム)』は楽しく読むことができた。なぜだろうか? という答はもう一冊読んでみてよくわかった。
岸田るり子著『出口のない部屋』
こちらはいわゆる推理小説なのかどうかもよくわからない状態で読んだ。様々なジャンルに渡って活躍する作家も多い。ゆえに、密室で首なし死体が見つかり、どういうトリックかとワクワクして読んでいたら怨霊のしわざだった! 呪い、恐ろしい! つまり推理小説ではなく幽霊が出てくるタイプのホラー小説だったという恐怖体験をしたことがあるが本作品はいかに?
ドキドキしながら読みはじめると、一応「作中作」のていになってはいるのだが不思議な設定ではじまる。互いにまったく面識のない三人の人物がある同じ部屋に入ってくる。三人とも、どうしてこの部屋に来たのかを覚えていない。そこがどこなのかがわからない。部屋を出ようにも、入ってきたドアはもう内側からは開かず、他の箇所からの脱出も不可能。脱出ゲームのような状況だ。そして謎の理由で集められた三人それぞれの物語が交互に語られる。
この作品も面白かった。『密室の鎮魂歌(レクイエム)』が、主人公だけは(少なくとも他の人物に比べれば)まともで、読者の多少の共感を許したのに比べ、この『出口のない部屋』は本当に容赦なく全員嫌な奴なのだ。
読者としては、三人の人間にどこかしら接点や共通点があるのだろう、それぞれの人生の物語の中に、残りの二人がそれとわからない形で登場しているのではないか? と考えてしまう。読みながら、メインの三人以外の登場人物もまあまあ全員嫌な奴なので、人物1の物語に出てくる嫌な奴a と、人物2とは嫌な奴ぶりが少し似ていやしないか? と、「嫌な奴神経衰弱」を自然と始めてしまうのだ。何を隠そう神経衰弱というゲームが大好きな私にはこれがたまらなく面白かった。
テラリウム、パズル、文様、嫌な奴が織りなす華麗な世界
先述した坂口安吾著『不連続殺人事件』についての文章で、「悪のテラリウム」のような魅力がある、と書いた。
カラリと陽性の描かれかたをした猛獣たちを檻の外から眺める楽しみであるというように。
岸田るり子著『密室の鎮魂歌(レクイエム)』『出口のない部屋』は「どろどろ成分」の多い、どちらかというと陰性の悪者たちの話だが、それを非どろどろ愛好者である私も楽しめたのはなぜかと考えるに、「悪」「嫌な奴」の、パズルのピースとしての組み合わせ方、収め方が見事だからだ。
「一人では物事がうまくいかなかった主人公が良い友達・相棒を得て、互いの苦手なことを補い合い、自分の得意なことを生かしながら何事かを成し遂げる」という地球フィクションの定番の型がある。この種の話は、物語の流れに用意された感動やカタルシスだけでなく、「凸凹コンビの組み合わせや収まり方の妙」も見どころである。
それと同様に、「嫌な人物」の尖った部分、欠落部分が、周囲のまた別の嫌な奴の凹凸部分に見事にはまり、パズルとして整い、文様として印象的な形をしているのが岸田るり子著『密室の鎮魂歌(レクイエム)』『出口のない部屋』の魅力。
「どろどろ」も単一視点にどっぷりとはまったどろどろではなく、いくつもの波源の相互作用の結果生じる水紋を描くような趣がある。嫌な奴の嫌な奴ぶりが(本人ではなく)複数の客観的視点で語られ、とはいえ、それらの視点もまた別の人物の主観に過ぎないという循環した相対感覚が作品の一部として描かれているのもパズル的でいい。
少なくとも広義には「推理小説」といえ、超自然的な力による犯罪は出てこなかったということも書いておこう。
全員嫌な奴系愛好家にはおすすめである。
推理小説とは概ね、犯人と被害者と罪を暴く人が騙し合い探り合う話であるから、全員嫌な奴系に実に好適な舞台と言える。「暴く人」(「探偵」役である)が善人であり英雄であるタイプの、「一部嫌な奴」系の方が王道であるが、全員嫌な奴という変種が登場するに至った経緯にはただならぬ興味がある。今後も研究していきたい。
ところで先日も紹介した坂口安吾著『明治開化 安吾捕物帖』(勝海舟が悔しががる話である)
を原案としたアニメ作品がある。舞台を近未来の日本に移し、登場人物の設定や名前、物語も大胆に変え、「推理」だけでなく「ファンタジー」「SF」の要素まで入っているてんこ盛りな作品だ。オープニングタイトルで原案が「明治開化 安吾捕物帖」であることをわざわざうたっているが、原案もてんこ盛り要素の一つ、近未来でありながらどこかノスタルジックな雰囲気を出すのに一役買っているという感じだ。最初の何回かを少し見ただけだが、謎めいていて楽しそうなのでもっと見たいと思っている。
2020年1月現在、amazon prime video をはじめ、各動画配信サービスで見ることができるようなので、原作と比べてみるのもよし、アニメから見るのもよし、興味のある方はぜひ。
「猫丸の虚構研究」いかがでしたでしょうか。
猫型宇宙人・猫丸のホテル暴風雨での滞在ぶりは、ぜひこちらのマンガもご覧ください。
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次回もどうぞお楽しみに。