白黒スイマーズ 第2章 王の恋(4)


「じ、慈円津さん、その子……誰?」

愛の告白の代わりに王のクチバシから出た問いに、慈円津は声をひそめて答えた。

「この子はジュリー。私の子供よ」

慈円津がその子、ジュリーを前に押し出すと、ジュリーは恥ずかしそうにペコリとお辞儀をし、また慈円津の後ろに隠れてしまった。

「慈円津さん……子持ちだったんだね……」

愕然とする王。慈円津はアイドルらしい可愛い表情で、

「内緒にしてね」

と言った後、ジュリーに向かい言った。

「ジュリー、まだお仕事があるから、ママのそばに行っていて」

「うん、パパ。分かったー」

ジュリーはあどけなく応えると、販売ブースの端に空気のように地味に佇んでいた地味顔ペンギン、順子のそばによちよちペンペンと駆けて行き、順子の丸く柔らかい腹に顔を埋めた。ジュリーを優しく抱きとめた順子は、王に向かって控えめに微笑みながら丁寧な会釈をした。

「私の妻、順子よ。世界一可愛いペンギンなの」

そう言って妻と子供を見つめる慈円津の顔は、王が初めて見る表情である。

「慈円津さんて、オス……」

王の言葉を遮るように慈円津は、「シー」のポーズをとった。

「内緒にしてね!」

すでにその表情は、王が良く知っているアイドルの慈円津の笑顔だ。王は返す言葉もなく立ち尽くす……。慈円津は、「さぁ、帰り客用の商品を並べなきゃ!」と忙しそうにペンペンと働き出した。

「王ちゃん、楽しんでる?」

そこにやってきたのは、岩飛である。

「どうだい?シュレーターズは?な!ペンギンていうのは見た目じゃないだろ?ビジュアルだけじゃないんだ、ヤツら最高にイカしてるのさ!王ちゃんも、せっかくのギグなんだから、もっと楽しまなきゃ!」

「え……あ、うん……」

ショックで茫然自失の王に、ブルースを奏で終えたシュレーターズのロックな爆音が襲いかかる。目の前のステージに群がる観客達は、口ずさみながらペンペンとリズムに合わせてフリッパーを上げたり体を揺らしたりいかにも楽しそうである。

失意の王にズシンと響くロックの振動。心の涙が乾くくらいの激しさを覚え、揺さぶられるような衝動を感じる。ギターの音が一段と大きくなった瞬間、王の中の何かがペペンと弾けた。

「よっしゃー!」

破れかぶれの王は、大きな体をしなやかに動かして踊りながら最前列に向かいなだれ込んで行く。ただならぬ気迫に押され、次々と観客達が向かい来る王を避けると、ステージへと続く「王の道」が出来上がった。王はその道を大胆でしなやかな踊りで突き進み、最前列中央を陣取った。さらに頭を前後に揺らしてリズムを取り、炎のように踊り狂う。目の前の主麗田のロックな声と汗が、王を包み込む。ロックの爽快感と恍惚感を初めて感じる王。そんな王のロックな動きは激しくなる一方だ。

「ユー!いいノリだな!ステージに上がってこいよ!」

主麗田は王をステージに上がるように促した。周りの観客達も思わぬアクシデントに興奮気味だ。王は、観客達に担がれるようにステージに上がる。ステージから見る客席は別世界だ。さらに、フロアの後方には、ジュリーを肩車し、順子の肩を抱いた慈円津が笑顔でこちらを見ている。

「うぉぉぉぉぉぉ!」

王は、大穴に叫べなかった思いの分の雄叫びを一声あげると、前掛けを振り乱し、見えないギター、エアーギターをかき鳴らした。会場は大盛り上がりだ。異常な興奮に包まれるフィッシュぼ~んに、聞こえるはずのない王のエアーギターの音が鳴り響く。

「兄ちゃん、なんかすごい!」

王の変貌に驚くサマ雪に、

「サマ義は、見かけによらず熱いんだよ……」

とサマ春は少し切なげに応えた。

こうしてシュレーターズのライブは最高の盛り上がりで終わった。そして、そのライブから数日経ったある日、王は、阿照のプロマイド店にいた。

「王さん、毎度ありがとね!」

王は、いつものように慈円津の新作プロマイドをレジの阿照に差し出した。

「この前知ったんだけどさ……絶対に内緒なんだけど……慈円津さん……ってオスだったんだね……」

「あぁ、慈円津さんはオスだよ。多分みんな知ってるよ」

阿照に少しも驚いた様子はない。それどころか、

「それに、子供もいるよね。あと、慈円津さんの演歌好きも皆知っているよ~」

と、王が誰も知らないと思っていた秘密を平然と口にした。

「え?まじ?」

うろたえる王を阿照はチロリと見ながら、レジに差し出された慈円津のプロマイドを王の方に向けた。

「それでも王さんは慈円津さんのファンのままなんでしょ?」

「……うん、慈円津さんはやはり素敵なペンギンだよ。それに、どちらかというと、慈円津さんの生き生きペンペンとした生き方のファンになったというか……応援したい気持ちは変わりないよ」

真面目な顔をして語る王から視線を外し、阿照は、「うんうん、そおかぁ。本当のファンなんだなぁ」と言いつつ、会計を続けた。すると、一番最後のプロマイドが慈円津のプロマイドではないのに気付いた。

「あれ……?慈円津さんのプロマイドじゃないけど、これも買うの?」

「う、うん……。シュレーターズもファンになったんだ」

なぜか顔が赤くなる王だが、赤くなってもやはり顔は黒いままだ。赤い(黒い)顔の王は恐る恐る阿照に尋ねた。

「シュレーターズは、全員オスだよね……?」

「そうだよ、オスだよ。王さんは、お酒飲み過ぎて、ペンギンフェロモン感じなくなっているんじゃないの?飲み過ぎはよくないよー」

阿照は、王にプロマイドを入れた袋を渡しながら諭すように言った後、少し、意地悪そうにニヤリとした。

「そういえば、王さんってメスじゃなかったの?」

「お、オスだよっ」

王の顔がさらに(黒だが)赤くなる。

「……え?阿照さんはオスだよね……」

「ふふ……どっちかな……」

ニヤニヤ顔の阿照は、体をしならせクニャクニャした変な踊りをしながら「うふふふふ……」と妙な具合に笑った。

そう、鳥というのは、本来オスの方が美しいことが多い。飛べないとはいえ、ペンギンも鳥である。また、ペンギンはオスメスの見分けをつけるのが困難なのだ。さらに言うと、ペンギンというものは、その体型のように大らかな生き物なのである。オスでもメスでもいい、美しければいい、可愛ければいい、楽しければいい。そして、美しくなくてもいい、可愛くなくてもいい、楽しくなくてもいい。なんでもいいし、なんでもよくない。けど、やっぱりなんでもいい。魚がおいしければ、なんでもいいじゃないの。そんな感性は、とても幸福なことなのかもしれない。

そして、ライブの騒がしい夜も、黄頭がひとり大穴のそばで佇んでいたことを誰も知りはしなかった。

(第2章 王の恋 おわり)

※次週11月27日(火)はペンギン休載日とさせていただきます。

※次回は12月4日(火)となります。「第3章 ホドヨイおさかな忘年会(1)」スタートです。お楽しみに!


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第2章  王の恋(4)、いかがでしたでしょうか?

な、なんと慈円津さんがオスだったとは!しかもみんな知ってたとは!同性で子育てするカップルもいるというペンギンらしいエピソード。でも妻と子がいるなら諦めるというのもモノガミストであるペンギンらしい潔さ。恋に破れてロックに目覚め、それでも慈円津さんのファンでい続ける王さん、ステキですね〜。なんでもいいし、なんでもよくない。けど、やっぱりなんでもいい。ペンギンだもの。その頃、謎のペンギン黄頭さんは……!?

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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