白黒スイマーズ 第9章 黄頭のマリン救出大作戦(4)


浜辺に到着するまでの道のりで黃頭(きがしら)とマリンは、何かが背後に迫りくる気配を察知していた。次第に大きく聞こえるのは、地面を擦るような音。浜辺に着いた二人が振り向くと、そこにいたのはアザラシであった。

黃頭は、咄嗟にマリンを後ろ手にかばい身構えた。迫りくるアザラシをレモン色の鋭い瞳で射抜く。そんな黃頭をせせら笑うかのようにアザラシは言った。

「おまえ、あの時のキガシラペンギンだな」

舌なめずりをしながら歩みを止めず近付いてくるアザラシ。逃げ出す暇はない、襲いかかられる……。黃頭はハンディタイプの胃弱マシーンをすばやく取り出し、アザラシに向けた。しかし、アザラシは一向にひるむ様子もなく近づいてくる。栄養が行き届いたアザラシにとって、胃弱マシーンなど怖いものではないのか。胃弱マシーンのスイッチを押そうと黃頭の全身に緊張が走った瞬間、アザラシは、ほんの少し進行方向をずらした。

「……!」

胃弱マシーンのスイッチにかかった黃頭の指が緩んだ。アザラシは、二人の横ギリギリをすり抜けていったのだ。そして、すれ違う時に言った。

「お前ら、うまそうだが、先を急ぐんでな。今度会ったとき、二人とも美味しく食べてやるぜ」

アザラシは、海を目指して巨体を引きずるように歩いていく。拍子抜けした黃頭とマリンは、そのままアザラシの行方を目で追うと、アザラシはザブンと波しぶきを上げ海へと入っていった。久しぶりの海を楽しむかのように波と戯れたあと、顔だけを水面から出し振り返った。

「ありがとよ」

アザラシは、巨峰のような目で下手くそなウインクをすると、そのまま波間へと消えていってしまった。

* * *

アザラシが消えていった海の前の岩陰で、黃頭とマリンは夜を待った。すでに二人は人間の着ぐるみを脱ぎ、元のペンギンの姿に戻っている。岩陰で寄り添って座る二人を、丸い月が照らしている。

「人間世界の物質サンプルも集められてよかったな」

二人は、植物や土など様々な人間界の物質を研究サンプルとして素早く採取していたのだ。

「そうね、ちょっと欲張っちゃったかしら」

マリンは、かなりの荷物になったサンプルを見てから、横にいるペンギンの姿に戻った黄頭に視線を移した。

「ボブ尾、やっとイケペンに戻ったわね」

黄頭は少し照れたように返答した。

「老けたよ」

「そうね、少し。でもイケペンよ」

マリンは黄色い頭を黃頭のなで肩に乗せた。

「マリンは変わらないよ。……いや、変わった」

「えっ、変わった……?」

マリンは頭を元に戻し、黃頭を鋭く見つめた。黃頭のレモン色の瞳は優しくマリンを見つめている。

「うん。変わった。さらに綺麗になった」

波音が心地よく聞こえる。黄頭は、マリンのなで肩にフリッパーを回した。こうしているとホドヨイ区の浜辺にいるようだな、そう黃頭が思ったとき、黄頭のフリッパーに装着している電波受信マシーンが鳴動した。マシーンに付加されている時計機能のアラームが鳴ったのだ。

「おっと、時間だ」

黄頭は、残念そうに立ち上がった。そろそろ支度をしなければならない。黃頭は、夜の闇に紛れる漆黒の翼マシーンを装着した。荷物は翼の間に固定したが、サンプル量が多いため、かなりの重さになっている。マリンは黃頭が前に抱えるような体勢になり、安全バーで黃頭と繋がれた。翼マシーンは、ペンギン二人分の重量に耐えられる設計にしてあるのだ。

「ワクワクするわ」

「さすがはマリン、ドキドキでなくてワクワクなんだな」

黃頭は、愛おしそうに苦笑すると、「では、帰ろう」と大きく翼を広げた。地上から浮き上がった二人は、少し停滞したあと、徐々に上昇していく。

「すごい!私たち鳥なのに空を飛んでる!」

マリンは、初めての飛翔を心から楽しんでいるようだ。

「さぁ、このまま上昇して東に向かおう。大穴に設置してきた電波マシーンから発するペンギンレーダーを受信できるはずだ」

人間の世界が遠のいていく。黃頭は、ペンギンの世界で待っているクラゲのことを思い出した。

「そうだ。マリンがいない間に、クラゲの親友ができたよ。きっとマリンとも仲良くなれるはずだ」

「あら、クラゲの親友?面白そうね」

「クラゲくんはね、クラゲだけど新種だから飛べるんだよ。泳げないけどね」

「クラゲくんね。興味深いわ。飛べるといえば、人間たちが話しているのを聞いたんだけど、私たちペンギンも昔は空を飛んでいたんですって」

「ほぉ、他の鳥は泳げずに飛んでいるようだから、それも一理あるな」

黃頭は、そう言うとクチバシを閉じ、フリッパーに巻かれた電波受信マシーンを見た。そろそろペンギンレーダーを受信するはずなのだが、まだ何も変化はない。

「おかしい……まだ、受信できない」

反応しない電波受信マシーンを見て、嫌な予感がした。翼マシーンの速度も少しずつ落ちている。

「ボブ尾、大丈夫?」

不穏な気配を察したマリンは後ろの黃頭の方に首をひねった。その時、安全バーから「ピキッ」と異音が聞こえ、同時に速度もグンと下がった。

「あ!」

欲張って研究サンプルを多くしたせいかもしれない。黃頭は、フリッパーでマリンをしっかりと支えた。もしここで落ちたら、下は硬い大地だ。黃頭は、嫌な想像を振り払うと、電波受信マシーンを睨んだ。

「ボブ尾、あれ見て」

空の異変に先に気づいたのはマリンであった。夜空の前方の一部に何かが降っているようなのだ。雨ではない、もっとペンギンにとって魅力的なもの、それに近づきたい、本能からそう感じさせるものだ。黃頭は、速度が落ちている翼マシーンをフル稼動させ、その場所に引き寄せられるように近づいてゆく。近づくにつれ、鼻孔に芳しい香りが舞い込む。ペンギンたちが大好きなあの生臭い香りだ。

「魚よ!」

マリンは叫んだ。空から降っているものは、無数の魚だったのだ。

「あ、レーダーが反応しだした!」

電波受信マシーンは、魚が降る場所に近づくにつれ反応が強くなる。二人は、その場所から数十メートルほどの距離まで近づいた。助かった、そう思ったとき、

「ブルブルゴゴゴ……」

翼マシーンから異音が発せられた。

「ピキピキ」

さらに、マリンを繋ぐ安全バーからも亀裂音がする。

「まずい!やはり研究サンプルが重かったのだ!マリン、サンプルを捨てよう!」

「無理よ!背中の上のサンプルは固定されていて捨てられないわ!」

動揺したマリンが振り向いたその時、「ビキビキビキ」と音を立て、マリンと黃頭とを繋ぐ安全バーが切れてしまった。

「危ない!」

黄頭は、マリンをフリッパーで抱きしめた。今や、マリンを落下から繋ぎ止めているものは、黃頭のフリッパーだけだ。重さに震える黃頭のフリッパー。黄頭は身動きがとれない上に、翼マシーンは今にも止まりそうである。マリンの体には重みに耐える黃頭のフリッパーの震えが直に伝わってくる。絶対に黄頭はフリッパーを離さないだろう。しかし、翼マシーンが重みに耐えられないのも確かだ。後に待っている結末は、そう、悲劇しかない。マリンは、覚悟を決めたように言った。

「私たちは、泳ぐようになれた鳥。飛べることなんて簡単よ。信じて、ボブ尾、私たちは飛べるのよ」

そして、マリンは体をひねると勝気な瞳を黃頭に向けた。カチリと音を立て黄頭のクチバシにキスをすると同時に、黄頭のフリッパーを振りほどき自ら空にダイブした。

「マリン!」

両フリッパーを大きく広げたまま、落下していくマリン。

黄頭は軽くなり正常に操縦できるようになった翼マシーンでマリンを追って猛スピードで急降下していく。

「マリーーーン!!!」

黃頭は、狂ったようにマリンを追いながら、無意識に自由になったフリッパーで採集マシーンを取り出した。その採集マシーンを操作し、マリンに向けて最大限に伸ばす。

「間に合ってくれ……!」

マリンと採集マシーンの先端は、暗闇の中だ。黃頭は必死にマリンが消えた先を追いながら、採集マシーンの手応えに全神経を集中させた。再会したばかりなのに……そんな絶望の気持ちが湧いてきたとき、採集マシーンを握るフリッパーに確かな手応えを感じた。採集マシーンの引き寄せスイッチ押すと、伸ばされた柄が引き戻されていく。そして、採集マシーンの先端が近づいてきた。そこには柔らかく掴まれているものがある。

「マリン!」

「ボブ尾!」

現れたのは、採集マシーンに両フリッパー脇を包むように握られたマリンである。マリンは、思い切りフリッパーを広げて羽ばたいている。

「マリン!良かった!」

黃頭は、全身の力が抜けていくようだったが、もちろん採集マシーンは決して離さない。しかし、どうも様子かおかしい。採集マシーンは、物体の重さを半減させ採集しやすいような仕組みにはなっているのだが、明らかにそれ以上に、採集マシーンを持つ黄頭のフリッパーへの負担は少なく軽いのである。採集マシーンはマリンを補助しているだけで、マリンが自ら飛んでいるようにしか考えられない。それを裏付けるように、マリンが泳ぐように空を上下左右に飛ぶと、その方向に採取マシーンが引っ張られているのだ。

「……もしや、マリン、飛んでいる?」

「ボブ尾、わたし、本当に飛んでいるみたい!」

「すごい!」

マリンは、フリッパーを羽ばたかせ黄頭に近づいてくる。空飛ぶマリンに驚いていた黃頭は、マリンの明るい笑顔が近づくにつれ安堵に変わった。しかし、同時に怒りもこみ上げてくる。

「マリン!フリッパーを振りほどくなんて!」

マリンは、すまなそうな顔になった。

「ごぺんなさい、ボブ尾。でも、サンプルは捨てられないし、あのままだと二人で落下するだけだったでしょ?」

黄頭は我に返った。助けるつもりが、またマリンに助けられてしまったのだ。

「マリン……確かにそうだ。ごぺん、そして、ありがとう」

その言葉を聞き、マリンはいたずらっ子のように笑った。

「でもね、サンプルを捨てたくなかったのは本当よ。それに、保護センターに監禁されていた時、空の上のペンギン界に帰りたくて……ボブ尾に会いたくて、空を飛んでいるイメージトレーニングをずっとしていたのよ」

「マリン……」

黄頭とマリンは、互いを愛おしそうに見つめあった。もう離れない、レモン色の瞳と瞳で、そう誓い合っているように。

「さぁ、帰ろう!」

二人は、採集マシーンで繋がれたまま飛びだした。目指すは、魚が降り注いでいる場所である。

「あれ、おかしいわ……」

「あ、落ちていた魚が上昇していく!」

二人の目の前で、魚の動きに変化が起こった。今まで落下していた魚が、今度は、上昇していくのだ。黄頭の電波受信マシーンの音がひときわ甲高くペンペンと鳴った。チャンスがやってきたのだ。

「今だ!行くぞ、マリン!」

黄頭とマリンは、上へ上へと魚を舞い上げる風の中に突入していく。黃頭は、採集マシーンをマリンから離し、マリンを抱きしめた。そして、その風に巻き込まれるようにして、二人は魚まみれになり上昇していく。

「うわぁぁぁ!」

頭上には白い塊の中に、大きな黒い穴が開いている。吸い込まれる直前、黄頭は、採集マシーンで、穴をとりまく白い塊の一部を採取することを忘れなかった。

* * *

「あてりさん、おうさん、おさかなをもっと放り込んで」

「モグモグ、あ、うん」

阿照(あでり)と王は、大穴に放り込むために持っていた魚をいつのまにか食べていたが、クラゲに注意されて、しぶしぶ放り込んだ。

「お二人とも、スパルタコースに入らなくてはなりませんね」

精神統一して魚欲に打ち勝ち、つまみ食いすることなく魚を大穴に放り続けていた貴族が、勝ち誇ったように言った。

夜の大穴である。クラゲに「きかしらさんを助けるため」と呼ばれたおさなか商店街の面々が大穴に魚を放り込む作業をしているのだ。岩飛(いわとび)もいれば、慈円津(じぇんつ)や古潟(こがた)や羽白(はねじろ)もいる。そのほかも、おさかな商店街のペンギンたちが勢揃いだ。クラゲの観測だと、黄頭が予測していた帰還場所からペンギンの世界はずれてしまっているらしい。電波マシーンのペンギンレーダーだけでは頼りなく、目視と魚臭を期待し、大量の魚を大穴に放り込むという作戦だ。

「クラゲくん!放り込んだ魚が戻ってくる!」

魚が大穴から吹き上げられ、戻ってきている。すかさず阿照が舞い戻った魚をキャッチし食べていると、王が大声をあげた。

「黄頭さんだ!」

「一人じゃない!二人だ!」

魚とともに大穴から舞い上がるように現れた黄頭とマリンの二人は、見事に浜辺に着地した。

「きかしらさん!」

クラゲが高速回転しながら黄頭に寄ってきた。

「クラゲくん!」

黄頭は優しくクラゲをフリッパーで包んだ。

「あなたが、クラゲくんなの?まぁ、かわいい」

「マリンさん、こんぺんは!」

クラゲは、マリンの前でくるりと回転すると、マリンは優しい笑顔になった。

おさかな商店街のペンギンたちに歓声が起こった。そして、その中、ペンペンと音がする。王が拍手をしたのだ。続いて、他のペンギンたちもフリッパーを合わせ拍手をしだした。風が止んだ大穴の周りに、黄頭とマリンの帰還を祝福するペンギンたちの拍手が続いたのであった。

* * *

「黄頭さんは、すごい発明をしただけでなく、愛する彼女を助けにいったんだよなぁ。はぁー、カッコいいオスだなぁ」

阿照が魚臭いため息混じりに言った。自然と胸のパワーストーン入りの巾着を弄んでいる。

「でも、黄頭さんは、長い間変な噂もたてられてたし、いいことばかりじゃないよ」

王は、シュレーターズカチューシャを揺らした。今日は、シュレーターズとスネアーズの対バンの日なのである。ライブハウス「フィシュぼーん」はペンギンたちで満員だ。客席の後ろの方では、黃頭とマリンが寄り添ってステージを見ている。もちろん、クラゲも一緒だが、今日は黄頭ではなくマリンの頭上に乗っている。

「今日は、3Dではなく、スネアーズのロックを生で初めて聞ける!リーダー脛圧ウル不(すねあつ・うるふ)さんのハスキーボイスが最高なんだ!」

王は興奮している。

「あれ、王さん、シュレーターズのファンじゃなかったの?」

阿照があきれたように言うと、王は慌てて弁明した。

「もちろん、シュレーターズは大好きさ。それに、慈円津さんも大好きだし。でも、スネアーズも大好きになったんだ」

「へぇ」

阿照は横目で王を見た。ステージでは機材のチューニングも済み、薄暗くなっている、スネアーズのライブ開始はもうすぐだ。

「大好きなものは多くて構わないんだよ、阿照さん。だって、私は、阿照さんも大好きだから」

「よしてよ、王さん。オスはお断りだよ」

阿照は、眉間にシワを寄せてみせたが、声はどこか嬉しそうだ。

「あ、始まる!」

薄暗いステージに飾り羽の3人のシルエットが現れ、ロックのリズムが鳴り響いた。

(第9章 黄頭のマリン救出大作戦 おわり)

※次回は「第10章 アッツイ区のペンギンモアイ」です。お楽しみに!


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第9章 黄頭のマリン救出大作戦(4)、いかがでしたでしょうか?

マリンが、マリンが……飛んだ!! 8年ぶりの再会、変わらぬ冒険心を持つマリンと一緒に帰れば、おさかなを放り込み(時々食べ)ながら待っていてくれたおさかな商店街のみんなと、クラゲくん。本当に良かったね、黄頭さん。ところで、採取した白い塊が何なのか、すごく気になります。電波受信マシーンもやっぱり素敵。次回以降も見逃せません。

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>


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