別訳【夢中問答集】第七十七問 禅宗はなぜ五派に分裂したのか?

足利直義:・・・・・・失礼しました。では質問を変えます。
今、「禅宗は五派に分裂してしまった」と仰ったかと思いますが、なぜそんなことが起きたのでしょうか?
悟りにもそれだけの種類があるということなのでしょうか?

夢窓国師:悟りに様々な種類があるから分裂したのではない。修行者を悟りに導くための手法はひとつだけではないということなのじゃ。

禅宗における「悟り」とは「直ちに本来の姿に立ち返る」ことを指すのであって、他宗派のように特定の理屈を覚えることを「悟り」というのとは違う。

そういうわけだから、禅師が修行者に何か言葉をかけたとしたならば、それは理屈の話をしているのではなくて、「直ちに本来の姿に立ち返る」ことを促しているのじゃ。

ある時は理屈を説き、そしてまたある時は相手のレベルに応じた謎をかける。
そのハタラキは実に途方もないもので、これを師匠の関門と呼ぶ。

大慧禅師は「たとえ言っていることがもっともで実態を的確に表していたとしても、究極の真実を悟った上でのことでなければ自己流の域を出ないので、それを他人に伝えると害がある」と仰った。

逆に言えば、師匠たちの言説は、どれほど突拍子もなく聞こえたとしても究極の真実に裏打ちされたものなのじゃ。

昔、法演禅師のところに役人がやってきて「禅宗における宗派の違い」を尋ねたところ、法演禅師は次のように答えた。

「今ここでそれを説明しても、多分キミには理解できないだろう。
近頃流行りのラブソングに『絵にかいた景色は実物には及ばず、私は小部屋の奥で悶々とするばかり。意味もなく声をあげて召使いを呼ぶのは、ただ貴方に声を届けたいだけ』というのがあるが、まぁ、そんな感じだよ」

この詩の作者は女性だとされておる。

好意を寄せている男性が自室の近くを通りかかったことを知って「私はココよ!」と叫びたい衝動に駆られるが、そのまま真っすぐ言うのもはしたないと思い直し、何度も召使いを呼びつけては「障子を開けろ!」とか「簾をおろせ!」とか指示することで男性に気づいてもらおうとする、という話じゃな。

この女性は、近くの部屋の中にいることを男性に気づいてもらいたいだけなのであって、決して障子を開け閉めして欲しいわけではない。

禅宗にいくつもの宗派があるというのは、つまりはそういうことじゃ。

「禅宗における宗派の違い」を尋ねるというのは、この女性の召使いへの指示の内容について解説を求めるようなものなのじゃ。


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