別訳【夢中問答集】第七問 神仏は役に立つのか? 2/2話

そういえば、先日、伊勢神宮まで行く機会があってな。ついでに知り合いの禰宜(ねぎ=事務方の神官)に色々と話を聞くことができた。

彼が言うには、神社にお参りするには、まずその人が「清浄」であることが必要なのじゃが、「清浄」にも内・外の二種があるとのこと。

また、外の「清浄」というのはいわゆる精進潔斎のことで、ちゃんと風呂で身体を洗ったりすればよいのじゃが、内の「清浄」というのは、利益や名誉を求める気持ちを捨てることであるとのことじゃった。

世間では、神社にお参りするにあたって「玉串料」などと称して金銭を包んだり、雅楽を演奏したりするのが一般的なのじゃが、これはもう、その見返りとして利益や名誉を得たいという気持ちがありありなので、「全然「清浄」じゃない!」と嘆いておったぞ。

そしてそれ故に、伊勢神宮ではそういったものを一切受け取らないことにしているのだとか。「裁判官が訴人からワイロを受け取らないようにするのと同じことだ」とも言っていたっけな。

そもそも、もしも貧乏で家柄もイマイチだというのであれば、それは前世においてアレコレと利益や名誉のために悪さをしたことの報いであるのだ。だから、その悪循環をストップする方法はただひとつ、利益や名誉を求める気持ちを捨てることしかないというのに、ワイワイと大挙してやってきては、やれ奉納品だとかなんだとか称してワイロをおくることに血道をあげておる。そんなヤツラの願い事など、かなうハズがあるものか!

宇佐(大分県北部)に出現した八幡大菩薩が、その後百年ちょっとしてから男山(京都府八幡市)に飛来したという伝説はオマエも知っておると思うが、その男山では毎年八月一日~十五日の期間に「放生会(ほうじょうえ)」という儀式が行われておる。これは百万匹近い稚魚を山麓の小川に放流するというものなのじゃが、開始時には宮司を筆頭とした神社スタッフが荘重な儀礼服をまとって伎楽を演奏しながら山を下りていくのに対して、終了後は全員白装束に着替えて、白い杖をつき、わらじ履きで帰っていく。「朝には血色もよくツヤツヤと元気にしていたのに、日暮頃には野原で白骨化しちゃったりして」という無常観をよく表しているとは思わんか?

ところで、八幡大菩薩は「オレは正直者に味方することにしたよ!」と宣言したとか。

ここで「正直」というのは、虚妄に惑わされることなく真実に目覚めることを指すのじゃが、そこまでいかんでも、無常の理をよく悟り、利益や名誉にも惑わされず、実直に生きているというのであれば、それもまた立派な「正直者」じゃ。

八幡大菩薩は大変にポピュラーな神さまなので、上から下まで色々な人たちからの信仰を一身に集めているわけなのじゃが、冒頭そう宣言している以上、「正直」でなければそのお陰をこうむることはできないということじゃ。

どんなに偉い坊さんや有力な貴族であったとしても、そうなのじゃ。ましてや、そこら辺の根性も力もない連中の相手など、するハズがないじゃろう?

これは何も伊勢神宮や八幡大菩薩だけに限った話ではない。世間で行われている様々な宗教は、方法論には色々と違いがあるとしても、その目指すところはただひとつ、「迷える仔羊」を救いたいという一点に尽きるのじゃ。

朝から晩まで神仏の願いを裏切りまくっておきながら、「おい、なんでオレサマの願いをかなえてくれねぇんだよ!?」などというのは、ずうずうしいにも程があるとは思わんか?」

<第七問 神仏は役に立つのか? 完>


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