別訳【夢中問答集】第一問 もうかりたい! 2/2話

こんな話を知っておるか?

昔々、天竺(インド)にスダッタ(須達長者)という名の大富豪がおった。

彼はもの凄い大金持ちじゃったが、それ以上に慈善事業が大好きなオッサンで、あちらに飢えている人がいると聞けば飲食物を送り、あちらに貧乏な人がいると聞けば寄付金を送り、とにもかくにも財産をあげてあげて、あげまくって暮らしていたのじゃ。

そんなことをしていてもあっという間に貧乏になってしまわないところが、またスダッタの凄いところでもあったのじゃが、いよいよヨボヨボのジイサンになる頃には財産も尽き果て、親族たちも離散し、長年連れ添った奥さんとふたりきりとなってしまった。

で、いよいよ食い詰めて、なにか食べるものはないかと思ってたくさんある倉庫を探しまわれども、全部スッカラカンじゃった。

しかし、かろうじて香木(栴檀)でできたマスを見つけ、それを米四升(五kg強)と交換してもらうことができたので、これで何とか二~三日は食いつなげるだろうと思って一息ついたわけじゃ。

で、その後まもなくスダッタが外出し、奥さんが一人で留守番をしていると、ブッダの一番弟子のシャーリプトラ(舎利弗)が托鉢にやってきた。

なんとまぁ、タイミングの悪い…… と彼女が思ったかどうかは知らんが、スダッタ夫婦はふたりともブッダの大ファンだったこともあり、喜んで四升しかない米のうち、一升を食べさせてやったのじゃ。

しばらくすると、今度はニ番弟子のモッガラーナ(目連)がやってきたので、一升を恵んでやった。

またしばらくすると、今度はブッダの教団のリーダーであるマハーカッサパ(大伽葉)がやってきたので、やはり一升を恵んでやった。

折角手に入れた米四升は、あっという間に残り一升になってしまったわけじゃ。

しかしまぁ、老人ふたりなら、これだけあればなんとか今日一日を乗り切ることができるだろう…… と思っていたところに、ブッダ本人がやってきた。

惜しむ惜しまないの問題ではなく、奥さんは喜んで最後の米一升をブッダに召し上がっていただいたのじゃ。

さて、ブッダたちに最後の食料まで食い尽くされてしまったスダッタ夫人、夫の帰りを待つあいだ、だんだんと不安になってきた。

「夫のスダッタは、人様に自分の持ち物をさしだす「布施」を最優先にして生きてきた人だが、それもこれも、元来大金持ちであり、他人にあげるだけの物資の余裕があったからこそではないのか?

自分たちが飢え死に寸前だというのに最後の食料を人様にあげてしまってよかったのだろうか?

やがて帰ってくる夫になんと言い訳しようか?

こんなことが夫に知られたら、『オマエはアホかーっ! 慈善事業も時と場合を考えろ!』と怒られるに違いない。ああ、私はなんということを……(泣)」

さて、スダッタが帰ってきてみると奥さんが泣いている。

なにごとかと思って事情を聞いたスダッタはこう言って感激したそうな。

「おお…… 妻よ、よくぞやってくれた!

ブッダとその教え、またその教えを実践する人たちは、何よりも尊いものじゃ。もちろん、私らの身体や命なんかよりもずっとずっと。

まぁ、我らはもうすぐ飢え死にすることになるのじゃろうが、所詮米をケチったところで数日生きながらえるのが関の山だったじゃろう。

そこのところをよく考えて、布施を実施してくれたオマエを、私は誇りに思うよ!……」

とはいえ、腹が減って死にそうなので、またさっきみたいなマスでも落ちていないかと思って倉庫に戻り、扉を開けようとするのだが、あら不思議。扉は固く閉まっていて開かないではないか。

スダッタのジイサンが最後の力を振り絞って扉を打ち破って見ると、なんと、先ほどまでスッカラカンだった倉庫は、米、金銀、布絹などなどの財宝がみっしりと詰め込まれていたそうじゃ。

たくさんある倉庫を調べてみたところ、それら全てにも金銀財宝が充満していた。そう、かつて大富豪だった時のようにな。

あっけにとられたスダッタ夫妻が振り返ってみると、なんとそこには離散したはずの子や孫、親戚たちが勢ぞろい……

そしてスダッタは、また元のように大富豪に戻ったということじゃ。

……さて、ここでどう考えるかじゃ。

決してこの話を、「ブッダが米四升のお礼に財産を返してくれたんだよね」などと受け取ってはならんぞ!

この衝撃のラストシーンは、スダッタ夫妻の「無欲」ぶりが、まさしく本物だったということを示しているに他ならないのじゃ。

大昔に限らず、現代であったとしても、皆がこのような心を持つことができるなら、金銀財宝や食料のたぐいは、たちまちにして世間に満ち溢れることじゃろう。

少々陳腐な表現で恐縮じゃが、これこそが厖大な「埋蔵金」というヤツなのじゃ。

どうじゃ、少しはピンときたか?

こせこせと小金を求めてどうしようというのじゃ?

「もうかりたい!」というのなら、このスダッタ夫妻の見つけた「埋蔵金」のように、ガッポリともうけようとしろというのじゃ、このバカモノめ!

ただし、それも「自分だけウハウハになりたい」などというサモシイ心構えでやるならば、この世でうまくいかないことはもちろんじゃが、来世は確実に餓鬼に生まれ変わるじゃろう。

<第一問 もうかりたい! 完>


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