足利直義:「本分の田地」がそんな途方もないところにあるのだとするならば、いったいどうやって行ったらよいのでしょうか?
夢窓国師:それは禅を学ぼうとする者のほとんどが一度は持つ疑問じゃ。
なぜそんな疑問が起こるのかといえば、そもそも「本分」というものを理解できていないからじゃ。
それが世間並みの芸事であるならば、「才能がないから身につかないのかなぁ」と思うことはあるじゃろう。
またそれが俗世間を超越する方法なのだとしたならば、「智慧がないから悟れないのかなぁ」と思うこともあるじゃろう。
しかし「本分」とはそういうものではないという説明を受けておきながら「どうやったら行けるか?」などというのはアホの考えることじゃ。
「本分の田地」に行くというのは田舎から都会に出かけるとか日本から外国に旅行するとかいうようなものではない。
例えば、家で寝ている人が夢を見ているとしようか。
夢を見ればその中で恐ろしい場所をさまよってうなされることもあれば、素晴らしい場所を訪れて幸せな気持ちになることもあるじゃろう。
で、横で見ていた人がそれらの夢の話を聞いて、「いやいや、オマエの言う恐ろしい場所も素晴らしい場所も全部オマエが見た夢の中のことだろう。オレは横で見ていたが、この家の中にはひとつもそんなものはなかったぞ」と言ってもそいつは信じない。
夢と現実の区別がつかなくなってしまって、恐ろしい夢を見た時はそこから逃れようと対策を練り、幸せな夢を見た時はいつまでも余韻にひたるばかり……
そんなこんなで夢の内容に振り回されて「本分」を見失っておるのじゃ。
良心的な先生に「人には皆、帰るべき『本分の家』というものがある」と諭されても、「その家にはどうやって帰ったらよいのでしょうか? 歩いて山や川を越えていけばよいのでしょうか? それとも空を飛んでいくべきなのでしょうか?」などと見当違いな質問をする始末。
挙句に「その家は地上にあるのでしょうか? それともないのでしょうか? あるいはこの世の全てがそうなのでしょうか?」などと言う。
なぜこんなことが起こるのかといえば、そのようなヤツは夢から醒めて起きているように見えても、もっと大きな夢の中にいるからなのじゃ。
仮に大きな夢から醒めることができていなくても、「いやいや、オレが見聞きしていると感じているものは皆、夢の中のことだ。わきおこる様々な考えや、それに伴う行動の数々も皆、夢の中のことなのだ」と見切って、世間のつまらない情報に流されず、環境にも振り回されないようなヤツがおるのだとすれば、そいつは大きな夢から醒めていると言えるよ。
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