かつてワシは出張のついでに同僚の坊主を七、八人連れて富士山の麓にある西湖に観光に行ったことがある。
そこはまさに神仙境というべきところで、見るもの全てが面白く、素晴らしかった。
地元の漁師に舟を出してもらって入り江を巡ったのじゃが、いやもう、実に素晴らしい景勝の地じゃった。
景色が変わるたびにワシらは舟のへりを叩いて口々に「おおー!」とか言って喜んでおったのじゃが、それを見ていた漁師がこう言った。
「ワシはこの地で生まれ育ち、毎日この景色を見て暮らしてきたが、たいして面白いとも素晴らしいとも思ったことはない。アンタたち、いったいこの景色の何がそんなに面白いのかね?」
ワシらが「いやいや、この山の見え方や湖のたたずまいの素晴らしさに感動しているのです」と答えると、漁師はいよいよ怪訝な顔をして「ということは、まさかとは思うが、こんなものを見るためにアンタたちはわざわざやってきたのか?」と言った。
ワシはそれを聞いて、同僚の坊主たちに言ったよ。
「さて、この漁師さんにワシらの感動をどうやって伝えたものだろうかね? 感動したポイントを逐一説明してみたところで『いや、だからそれは生まれてからずっと見てきたものだから今さら感動もなにもないよ』と言われてしまう。だからといって『この素晴らしさはオマエにはわからないだろうね』などと言おうものなら、「さてはコイツら、他にもっと素晴らしいところがあることをワシに隠しておるな?」などと誤解されてしまう」、とな。
☆ ☆ ☆ ☆
★別訳【夢中問答集】(中)新発売!(全3巻を予定)
エピソードごとにフルカラーの挿絵(AIイラスト)が入っています。
上巻:第1問~第23問までを収録。
中巻:第24問~第60問までを収録。
別訳【碧巌録】シリーズ完結!
「宗門第一の書」と称される禅宗の語録・公案集である「碧巌録」の世界を直接体験できるよう平易な現代語を使い大胆に構成を組み替えた初心者必読の超訳版がついに完結!
全100話。公案集はナゾナゾ集ですので、どこから読んでもOKです!
★ペーパーバック版『別訳【碧巌録】(全3巻)』