足利直義:なるほど、そんなものなんですかね……
ところで和尚さま、「大乗仏教の修行者はでっかい目標に向かって修行しているわけなので、戒律だのなんだのといった細かなルールは無視してもOK!」などと言っている人がいるのですが、そういうものなのでしょうか?
夢窓国師:仏の教えには膨大な種類があるが、つまるところ「戒(かい:欲望や衝動を制御すること)・定(じょう:情緒を安定させて集中すること)・慧(え:慎重に観察し、深く洞察すること)」の三種に要約できる。
そしてこれを「三学」と呼ぶのじゃが、この三学とは誰もが生まれつき持っているものなのじゃ。
だから「心の根本に立ち返れば、三学のパワーが全開になる」という理屈じゃ。
「如意宝珠(全てが思いのままになる宝玉)を手に入れれば、一生カネに困ることはない」というのと同じことじゃな。
この「心の根本に立ち返る」ための修行こそが大乗修行と呼ばれるものなのじゃ。
「大乗の修行者は必ずしも細かなルールに縛られなくともよい」という言説は、それを根拠にしておる。
涅槃経にも「心の中で途切れることなく大乗修行をすることを『ルールを守る』と呼ぶ」と書かれておる。
しかし、これを「大乗修行者はルールを破ってもよい」というように受け取るのは大間違いじゃ!
生前のブッダ本人はもちろんのこと、仏滅後に活躍した師匠たちも皆、きっちりと定められたルールを守りきっておる。
ブッダが生きておった頃は宗派が分かれていなかったので、皆一様に定められたルールを通じて「戒」を守ることで「定・慧」の修行をしておった。
仏滅後、諸事情によって宗派分裂が生じてしまったのはやむを得ないことなのじゃが、各宗派が自分の宗派だけが正しいと主張して、互いに悪口を言い合うようなのはもう情けないのひとことに尽きる。
像法決疑経の「世も末になると禅僧、律僧、教僧が互いに非難しあった挙句に仏法を滅ぼすことだろう。百獣の王であるライオンが(外敵ではなく)自らの身体の中の虫に食われて死ぬようなものだ」という予言は当たってしまっておるのじゃ!
いやしくも仏弟子たるもの、仮に「自分が一番だ」という妄想に憑りつかれてしまっても仏法を滅ぼすようなことはしたくないものじゃな。
中国に仏教が伝わったのは後漢の頃だと言われておる。
その時に伝えられたのは本場インド式のルールであったので、しばらくは中国においてもブッダが生きていた頃と同じ衣装を着て、インドで定められた通りの生活を送っておったそうじゃ。
唐の時代になって、百丈和尚が初めてインド式を改めて中国オリジナルの生活ルールを作った。
ルール改変にあたり、百丈和尚は「今、時代も場所も異なるこの地で、大昔に定められた外国の生活様式を守り続けるのはもう限界だ。当時の風習にこだわり続けることで肝心の根本修行がおろそかになるようなことは、決してあってはならない」、と言ったそうじゃ。
百丈和尚は「禅僧にルールは無用」などとは決して言っておらん。
むしろそこで定められた中国式の生活ルールは、インド式よりも細かかったと聞いておるよ。

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