お国は? と女が言つた
さて、僕の国はどこなんだか、とにかく僕は煙草に火をつけるんだが、刺青と蛇皮線などの聯想を染めて、図案のやうな風俗をしてゐるあの僕の国か!
これは、詩人・山之口貘の「会話」という作品の冒頭です。初対面の人と話しをする際に、「何処の何がし」であることを明かしながら距離を詰めて行くということはよくありますね。
数年前、ある研究会で発言する機会がありました。研究業界の会合や成果報告の場では、司会の先生が「ご発言の際には、ご所属とお名前をお願いします」と、決まった前フリをします。
「佐藤壮広と言います。宗教学、人類学を学び、沖縄の死生観、精神文化の研究をしています。所属は、この世です。」
自分なりのコールをしたつもりでしたが、見事にスルーされ、周りが100mほど引き、室温が8℃ぐらい(体感温度)下がりました。慌てた僕は、継いでこう言いました。
「ええと、死んだら所属はあの世です。佐藤と申します。どうぞよろしくお願いします。」
表情を決めかねている司会と参加者を前に、ダメ押しのネタをさらに繰り出してしまったわけです。こんな発言を聞いたら、みなさんはどう対応しますか?
その時の僕は、ひとことで言える確固とした「所属」がありませんでした。でも、それを言わねばならないという場のルールを尊重したいと考え、もっとも普遍的で確実な所属を言ってみたわけです。
「所属は?」という問い。これはとても深いものだと思います。
「お国は?」と問われた山之口貘。彼は、琉球、沖縄、Okinawa、おきなわと表記も所属(施政権)も変遷し続けるあの南の島に、東京から思いを馳せていました。
山之口は、「会話」のなかで沖縄や琉球という語を用いていません。でも、「僕の国」とは書いています。 ここにいわゆる沖縄アイデンティティの揺らぎを読み込むのは可能ですが、詩人としてもっと別のことを思っていたのかも……。
自分の出自や居場所への問いにもいくつかの層があり、答え方があります。
僕は意図して「この世」という言葉を使いましたが、皆さんならどんな言葉で答えますか。
山之口貘の作品は、青空文庫でも読めます。http://www.aozora.gr.jp/cards/001693/files/55182_52773.html