優雅に叱責する自転車/エドワード・ゴーリー (番外・暴風雨サロン)

<この投稿は暴風雨サロン参加企画です。ホテル暴風雨の他のお部屋でも「優雅に叱責する自転車」 に関する投稿が随時アップされていきます。サロン特設ページへ>


バベル

みなさまこんにちは。ホテル暴風雨、司書兼コンシェルジュのバベルです。
今日はホテルの中は静かなのですが、図書室の奥から何やらあやしい声がするのです。

おや、誰か来たようです。

「バベルさん、こんにちは」

バベル:「おや、ツボミさん、いらっしゃい」

ツボミ:「今日はお客様が少なくて暇なので休憩時間が長いんです。ハナちゃんとここで本を読みたいなあと思うんですけど、いいですか」

バベル:「もちろん。図書室も今日はお客様はいらっしゃらないのでごゆっくり。と、言いたいところなんですが、さっきから奥のほうで……」

「うわ〜ん、うわ〜ん」

ツボミ:「あれ?ハナちゃんの声じゃないですか。泣いてるみたいだし。行ってみます!」

ツボミ:「ハナちゃん、どうしたの?」

ハナ:「今この絵本を読んでいたんですけれど」

ツボミ:「あら、小さい絵本!私にぴったりの大きさ。絵もかわいい」

バベル:「ほほう、『優雅に叱責する自転車』、エドワード・ゴーリーの絵本ですね」

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ハナ:「そうなんです。表紙の絵がかわいくて、ワニと自転車の絵が描いてあったので読んでみました」

ツボミ:「ハナちゃん、この間も自転車作って乗ってたし、乗り物好きだもんね」

ハナ:「そしたらものすごく悲しいお話で……」

ツボミ:「そうなの?意外〜。私にも読ませて」

ハナ:「ハンカチ15枚は必要ですよ」

ツボミ:「1枚しかないけど、まあいいや……どれどれ……ふむふむ……なるほど……なんだかふしぎなお話。だけどこれ、そんなに悲しい!?

ハナ:「だって、ワニが!ワニが!」

ツボミ:「あ、そうか」

ハナ:「うわ〜ん、うわ〜ん」

ツボミ:「ハナちゃん、そんなに泣かないで。お話の中のことなんだし」

ハナ:「でも」

バベル:「ハナさん、悲しむことはありませんよ。もちろん、本の読み方、とりわけナンセンスストーリーの読み方は自由ですから悲しいお話として読んでもいいですが、ひとつ別の読み方について考えてみましょう」

ハナ:「別の読み方?」

バベル:「どうして人の乗っていない自転車が転がり出てくるんでしょうね」

ツボミ:「ナンセンスなお話なんだから、そこに理由を求めてもしかたがないかと思ってましたが」

バベル:「そうです、そうです。ナンセンスストーリーとは、ただそのまま楽しむのが一番なんですよ。と、解説するのも野暮なことで、でも、無粋を承知でちょっとまじめに考えますと、なぜ?どうしてこうなった?という考えを無にしてくれるという効用があるとも言えますね」

ツボミ:「ああ、確かに、こういうお話を読むと、ふだんは何にでも理由づけして安心しちゃってるなあ〜って、気がつくことがあります」

バベル:「ある原因があれば、当然の帰結としてこういう結果が起こる。または、ある結果を精密に調べれば、その原因はただひとつに特定・再現できる。そういう因果律から我々を解き放ってくれるのが、ゴーリーの絵本のようなナンセンスストーリーかもしれません」

ハナ:「難しいですね。でも、現実にも、原因も結果もよくわからないことだってありますね」

バベル:「その通りです!古典力学的な因果律がいつも支配する保証などないのです。たとえば5次元の世界の人から見れば、原因も結果もありません。それぞれほんの少しずつ関係のあるできごとが、時間軸の上で隣り合ってパズルのようにはまっているだけかもしれません」

ハナ:「ますます難しくなった……」

ツボミ:「ハナちゃんが泣き止んでる!バベルさんすごい」

バベル:「特にこの絵本は、『時間』という概念を無意味化しています。原則として自転車=時間で、その進行方向に時が進むかに見えますが、章番号が欠落していたり、そのせいか、もともと持っていないものを無くすなどの、原因不明どころか原因不在の結果が描かれたりしています。つまり、時間が前方に向かって均一に進むという常識を破壊するお話、と受け取ってもいいのではないでしょうか」

ハナ:「でも、ワニは?」

バベル:「ハナさん、時間を逆回しにしたら、死は誕生に、誕生は死になります。無から老人が出現し、しだいに若返り、赤ちゃんになり、無へと還ってゆく。無から老人が生まれるのは悲しいですか?小さな卵細胞が消えていくほうが悲しいですか?」

ハナ:「えーと、えーと、よくわからなくなりました」

バベル:「次に、逆回しではなく、シャッフルして順序を入れ替えてみましょう。どこが楽しいお話で、どこが悲しい場面になるでしょう?」

ツボミ:「なるほど、時間を無意味化するって、そういうことですか」

バベル:「たとえばこの絵本を、こんなストーリーとして楽しんでも自由だ、ということを、この自転車は時間に囚われずにいられない私たちを優雅に叱責しながら教えてくれるのではないでしょうか」

優雅に叱責する自転車 illustration by Ukyo SAITO ©斎藤雨梟

優雅に叱責する自転車 illustration by Ukyo SAITO ©斎藤雨梟

ハナ:「うわ〜、このお話、おもしろい!」

バベル:「そう言っていただけてよかったです」

ハナ:「主人公の二人、どっかに行っちゃいましたね」

バベル:「主人公は自転車、いえいえ、主人公という概念を無意味化するのがこの作品ともいえますよ!」

今回ご紹介した作品:
エドワード・ゴーリー作/柴田元幸訳 「優雅に叱責する自転車」

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自転車に叱責されて時間の枷を外し、頭の中から自由をひねり出してみるのも乙なもの!みなさまもぜひ。
番外編「暴風雨サロン」企画、バベルでした。なお、「暴風雨サロン」という企画については、ぜひこちらをご覧ください。この企画の別の記事へのリンクもあります。「暴風雨サロン」関連の記事は今後増えてゆく予定ですのでどうぞお楽しみに。

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