紐解きすぎた抱っこ紐

子守をするのは親じゃない?

先週はもはや育児に欠かすことのできない抱っこ紐について書いたが、いろいろ調べているうちに深みにはまってしまった。自分の備忘録をかねて今週はその続編である。
こんなノートを誰が読むのだろうかと思いつつ、「ま、いっかー」と書き進めるので、初めて読む方は<前回>を遡ってもらえたらと思う。

おんぶから抱っこへ、という育児スタイルの変化が養育者の労働環境の大きな変化とリンクしていたことがわかったが、その時代の変遷を調べてみて衝撃的だったことがある。

江戸時代にまで遡ると「子守り」をするのが10歳前後の「子供」であることが特別なことではなかったということである。

自分も含め、大人でも日々育児に悪戦苦闘しているというのに、子供が育児を担っていた時代があったというのは信じがたい事実である。
いわゆる子守奉公に出された子供たちが乳幼児をおんぶして世話をするというのが特別なものではなかった時代、非力な子供にとって「おんぶ」という方法は乳幼児を「抱っこ」するよりもはるかに適した方法でもあったのだ。

まさか抱っこ紐のことを調べていて江戸時代にまで遡ってしまう自分もどうかしてるとは思うが、ここまで来たら仕方がない。

確かに時代劇などを見ると、子供が赤ちゃんをおんぶして子守をしている姿が時折見られる。
この頃は養育者が労働に従事するために育児に必要な人手がなく、幼い子供がその役割を担うのは普通のことで、裕福な家では他の家から子守奉公と言う形で子供を雇って一日中労働に従事させていたのである。これは現在では考えられない、児童労働と呼ばれるものだろう。
つまり当時「子守」という言葉は親が子の面倒を見ることよりも、親以外の人間が代わりにする仕事のことを指すものだったのである。これも自分にとっては考えてもみなかったことである。

おんぶする母親の姿を想像すると何故か少し物悲しい気持ちになり「かあさんがーよなべえをしてえ」という「母さんの歌」が脳内に流れてきてしまう、ということを先週書いたが、実は子守唄と呼ばれるものはその仕事に従事する者(多くは貧しい家庭から子守奉公に出された女の子)が子供をあやしたり眠らせたりする時に歌うものだったらしい。

調べてみると勝手に自分の脳内に流れ出していた「母さんの歌」は1956年に発表されたものでずいぶん時代はその先だが、有名な

「ねんねんころりよ、おころりよ、坊やは良い子だねんねしな」

という「江戸の子守唄」はまさにその時代のものである。
こうして考えてみると、自分が子守唄の中にそこはかとないもの悲しさを感じるのはあながち間違ってはいなかった事になる。
ちなみにこの「江戸の子守唄」だが、歌詞の続きは

「坊やのお守りはどこへ行た、あの山越えて里に行た」

である。つまり、いつも坊やの子守をしていた子が里帰りをした盆や正月に、実の母親が子供を寝かしつける時に歌った曲とも考えられるが、それはそれでなんだかややこしい話である。

乳幼児をかごに入れていた時代もあった

さらに子守りを雇うことも出来ない農村の家庭では「えじこ」や「いずめ」というような名前で呼ばれていた籠のようなものに乳幼児を入れて養育者が労働中は子供が這い出さないように固定し、そのまま放置しておくというのが一般的な育児方法だったらしい。籠に入れて放置とは、これも現代では考えられないことである。

しかし、その時代はそうすることでしか日々の生活を乗り越えられなかった事情があった。養育者は朝から晩まで働き詰めで、充分に育児に回す時間も人手もなかったのである。しかし、だからといって決して子供に愛情がなかったわけではないはずだ。

養育者が子を置いても必死に働くのは、自分と子供を含めた大切な家族を養い、生活を支えるためだったはずである。
昨今では養育者が遊びに興じている間、車中に幼児を閉じ込めたりする問題がニュースで流れてくるが、形は同じようでもその背景にある事情は全く違う。

そう考えると、現在のように子供を大切に育てられる環境は本当に素晴らしい発展だと思う一方、何か過剰な違和感を感じなくもない。
そう遠くない昔は乳幼児が籠に入れて放置されていても、誰もそれを問題にしなかったのだ。
籠からおんぶ紐、そして抱っこ紐へと進化を遂げてきた育児用具と日本の発展は、密接に結びついていたのである。

西洋でも農業国フランスで生まれたクーハンと呼ばれる同様の籠が存在し、乳幼児用の持ち運びのできる簡易ベッドやベビーキャリアの前身になっているものがあるが、どうも日本のような悲哀を感じさせないのは何故だろうか。
この辺のことも気になるので調べてみたいとは思うが、一体自分がどこに向かっているのか分からなくなりそうなので今回はこの辺にしておこう。このノートは自分を含めた育児中の方の息抜きのために書いているのだ。

と、書きつつ思い出した育児アイテムをもう一つ。

子供を乗せてゆらゆらするバウンサーと呼ばれるゆりかごの役目を果たすものがあり、これは現在でも人気のある育児アイテムのひとつである。最近のものではリクライニング機能と電動でゆらゆらしてくれる高機能なバウンサー(ちょっとだけ借りていたことがある)までもがあり、これにも正直驚いた。

電動のゆりかごで揺られている赤ちゃんを見ると、どうも大型電気店のマッサージ機コーナーで体をほぐしている人の姿と重なってしまうのは自分だけだろうか。
そんなに疲れてないだろう、赤ちゃん。

(by 黒沢秀樹)


※編集部より:ご紹介できるのは一部ですが、全部のお便りを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム