年末魔談「クリスマス・キャロル」(5)

【 後悔は無意味か 】

今回は亡霊マーリの予告により、あなた(スクルージ)の前に現れた第2の精霊について語りたい。
第1の精霊は「過去のクリスマス」と名乗り、あなたは過去にどんなクリスマスを過ごしてきたのかを見せた。いや「見せた」というよりも、その場に連れて行った。健気でかわいらしかった妹。若く元気だった青年時代に心から愛した女性。しかし今のあなたにとってそのシーンは辛い記憶でしかない。妹は逝き、恋人は去った。あなたはそれらのシーンを心の奥底の小さな箱に閉じこめ、厳重に鍵をかけて封印してしまった。

この物語の優れた点は、ストーリーの展開が明快で面白いというだけでなく、自分が抱えている心の傷をさりげなく示してくれることかもしれない。
「これはスクルージの話だろ?」
「心の傷?……そんなものを思い出すような話など聞きたくもない」
そうした反応が多いに違いない。ことに男性に、目の前の仕事に追われている人に、「過去などどうでもいい。これから先がすべて」という人に。

しかし後悔や心の傷は「あってはならないもの」だろうか。「一刻も早く癒して消してしまうべきもの」だろうか。私のようなアマノジャク男は「ない方がいいに決まってる」と聞くと「いやいや少しはあった方がいい」と考える。

私は60歳を越えてから、この物語をより深く愛するようになった。スクルージの年齢に接近したということもあるのかもしれない。ケチで不親切で守銭奴のスクルージがやってきたこと、もちろんこれは物語ならではの極端な例だ。……とはいえ、そこから思い当たる苦い記憶がやはり自分にも多々あることを認めざるをえないという本音レベルのしみじみとした後悔。こうした慚愧の念はもちろんない方がいいに決まっている。しかし初老中老の人間にとってごく自然な感慨であり「少しはあった方がいい」と思うのだがいかがだろうか。後悔にせよ慚愧にせよ、その選択を経てこそいまの自分がある。

【 第2の精霊 】

さて本題。
第1の精霊が「過去」とくれば、第2は「ははあ」と誰もがすぐに予想できるというものだ。「現在」または「未来」だ。そこで「精霊は3人」という点に気がつけば「なるほど過去・現在・未来」とこうなる。

現在なら、あなた(スクルージ)にとっては、わざわざ精霊に見せてもらうまでもない。もう十分にわかっているじゃないかと思うのだが、面白いことに第2の精霊は第1とは全くタイプが違う。

寝室で第2の精霊を待つあなた。隣室から輝くばかりの光りが漏れ出し、「おはいり」と呼ぶ声がする。ドアを開けて入ってみると、そこは自分の家の一室だとは到底思えないような、じつにきれいなクリスマスデコレーションで飾りつけられた豪華絢爛の部屋と化していた。

そのデコレーションの上座にドンと陣取り、金属製の大きなジョッキになみなみとつがれたワインをあおってゲラゲラと笑っている男がいる。酒神バッカスみたいな大男だ。それが第2の精霊。
このような巨漢から見れば痩せて貧相な体躯のスクルージなど吹けば飛ぶような存在だが、この精霊は若干の親切心も持ち合わせているらしい。いやあるいは酒に酔った単なる余興かもしれない。彼はあなたを誘ってクラチッドの家に連れて行く。……そう、あなたの唯一の部下であり、あなたが給料を渋るので貧乏な暮らしをしている一家だ。

クラチッド家ではじつにつつましい「祝いの夕食」準備に追われていた。クラチッドは安ワインで作ったパンチで祝杯をあげ、家族に向かって言った。
「スクルージさんに乾杯!」
家族は沈黙。ついで大ブーイング。しかしクラチッドは毅然とした態度で言う。
「ケチでもなんでも、これはみなスクルージさんからいただいたお金で買ったものだ」

ミュージカル映画のこの場面がじつにすばらしい。貧乏な家族は気を取り直し、楽しくはしゃぎながら食事を始める。末っ子のティム……この子は松葉杖をついている……そのティムがお祝いの席の歌を歌う。そのボーイソプラノときたら。
初老となって涙もろくなったせいか、私はもうこのシーンで涙が止まらない。いやおそらくこの映画を愛する人のほとんどは、ハンカチを握りしめてこのシーンを何度も観ようとするのではないだろうか。名優でさえ愛らしい子役は敬遠するという。まさにうなずいてしまう名シーンだ。

しかしティムはまもなく墓に入る運命だ。第2の精霊からそれを聞かされたあなたは精霊に懇願する。なんと愛らしい子だ。なんとかあの子を助けることはできないのか。すると精霊はこの物語の冒頭、あなたが事務所で寄付を求められた時の言葉をそっくりそのまま繰り返す。
……刑務所はないのか。救貧院はなにをしている? 死んでもそんなところには生きたくない人間が大勢いる? ならば死んだらいい。余分な人間が減る。

過去も現在も、自分がいかに慈悲に欠けた金儲け主義一点張りの人生を走ってきたか、あなたはイヤというほど知らされることになる。精霊は第1も第2もあなたを責めたわけではない。ただ過去をよく見ろ、現在をよく見ろ、自分のまわりの人々をもっとよく見ろと「その場」に誘っただけだ。あなたが目をそむけてきたものを、まざまざとリアルに見せたのだ。

亡霊マーリ、第1の精霊、第2の精霊、彼らはなにを伝えに来たのか。
「後悔せよ」ではないだろうか。
悔い改めるためにはまず「悔い」が来なければならない。その後に「改める」が来るのだ。

 つづく 


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