エドガー・アラン・ポー【 11 】モルグ街の殺人

【 推理手帳 】

前回に話した友人Tの奥さん。この女性は推理小説愛好家だが、じつは時々、私とメッセンジャーのやりとりで雑談することがある。内容は主に彼女からの質問で、「こういう映画を観たいのだけど、なにか推薦の映画はありますか?」といった件が多い。

そのきっかけ、つまり奥さんと「メッセンジャー友」になった経緯がちょっと面白い。かれこれ1年半ほど前のことだが、Tは夕食時の雑談で奥さんに「魔談」の話をした。どんな経緯でそんな話題を持ち出したのか知らないが「妙な話の連載を毎週やってるヤツがいる」程度のことだったのだろう。奥さんが興味を示したので、Tは「ホテル暴風雨」の話をした。

その後、彼女は早速、「魔談」を読んだらしい。なにしろ推理小説愛好家である。きっと読むスピードもすばらしく速いのだろう。かなりの数の魔談エピソードを読破し、同時に筆者に興味を持った。私はTからメールを受け取った。「すまんが時々、話につきあってやってくれ。この人は極端に友人がいない人なんで」という内容だった。私は快諾した。しかしその後数週間はなんの連絡もなかった。Tからのこのメール内容も忘れかけた頃、奥さんから「はじめまして」メッセンジャーをもらった。「愛欲魔談/日本文学色めぐり」(2022年2月18日)にワクワクしているとお褒めの言葉をいただき、江戸川乱歩の話になった。

私は私で「推理小説愛好」という趣味にちょっとした興味を持ったので、思いつくままにいくつか質問してみた。
「どんな読み方をするのか?」
「どんどん先に進まず、数日とか置いて、自分なりに推理してみるのか?」
「名探偵同様に、自分の推理が的中したことはあるか?」
「自分で推理小説を書いてみたいと思ったことはあるか?」などなど。

会ったこともない女性(しかも友人の奥さん)に対して失礼じゃないかという懸念も少々あったのだが、こうした興味本位の質問に対して、彼女は驚くような長文を送ってきた。その内容もじつに論旨明快。「さすがは……」と思わずつぶやくような文章だった。

そのようなやりとりの中で、彼女は「推理手帳」の話をした。
新しく推理小説を読み始めたとき、彼女は必ず「なにか引っかかった点」や「なんとなく気になった点」を推理手帳に書きこみながら読み進むそうだ。なるほどいかにも推理小説愛好家らしい話だ。面白いのは、推理小説を読んでいない時、例えば家事をしている時でも推理手帳を時々開いて、そこに書きこんだ件を頭の隅に置き、なんとなく考えているそうである。

この「なんとなく考えている」という状況が彼女にとってはすごく大切で、ある日ある瞬間にパッと頭に閃くことがあるらしい。
「この人は推理手帳と共に生きているような人だな」と私は何度か思ったものだ。

さらに面白く思ったのは、すでに読破して、その結末も名探偵の推理も知っている推理小説でさえ、推理手帳のおかげで再読する気分になれるそうだ。これにはちょっと驚いた。「幽霊の正体見たり」ではないが「結末を知ってしまった推理小説など、泡が抜けてしまったビール」程度に考えていた私は再読意欲についてもあれこれ聞いたものである。
「北野さんだって、結末を知っていても二度三度観る映画があるでしょう?」と彼女は言ってきた。誠にそのとおり。

【 ブレない証言・ブレる証言 】

さて本題。モルグ街の殺人。
前々回では10人の証言者と新聞記事を紹介した。デュパンが目をつけたのは、ここに出てくる「二人の言い争う声」である。
これは推理小説愛好家でなくとも、まず真っ先に興味をそそられる「奇怪な点」であろう。
上記「推理手帳」に習い、数々の証言からこの「二人の言い争う声」を整理してみよう。

A:荒々しい声
「畜生っ」「くそっ」とののしっている。フランス語だった。(証言にブレがない)

B:鋭い声
【 憲兵 】外国人の声だった。男の声だか女の声だか、はっきりわからなかった。なんと言ったのかも判じられなかったが、国語はスペイン語だと信ずる。
【 隣人 】鋭い声はイタリア人の声だと思っている。フランス人の声でないことは確かだ。男の声だったかということは確かではない。女の声だったかもしれない。イタリア語には通じていない。言葉は聞きとれなかったが、音の抑揚で、言ったのはイタリア人だと確信する。
【 通行人 】鋭い声は男の……フランス人の声であることは確かだ。言った言葉は聞きとれなかった。声高く、速くて、高低があり、怒りと恐れとから発せられたものであった。耳ざわりな声で、鋭いというよりも耳ざわりなものであった。(この証人はフランス語を話せない)
【 仕立屋 】鋭い声のほうは非常に高く、荒々しい声よりも高かった。イギリス人の声ではないことは確かだ。ドイツ人の声らしかった。女の声だったかもしれぬ。ドイツ語はわからない。
【 葬儀屋 】鋭い声のほうはイギリス人の声だった、これは確かだ。英語はわからないが、音の抑揚でそうと判断する。
【 菓子製造人 】鋭い声の言葉はわからなかった。早くて乱れた調子でしゃべっていた。ロシア人の声だと思う。(この証人はイタリア人。ロシア人と話をしたことはない)

というわけで、Aはフランス人と断定できる。
それに対してBは何者か。その証言のなんとまあ国際色豊かなこと。スペイン人、イタリア人、フランス人、ドイツ人、イギリス人、ロシア人……ヨーロッパ(およびその近隣)にひしめいている6カ国もの大国名が次々に出てくる。これはもう「さっぱりわからんが、自分の国の言葉ではない」と言ってるようなものだ。また同時に「なるほどこういう設定なんで、舞台はパリなんだな」と合点も行く。当時のパリにはまさにこうした国籍豊かな人々が右往左往していたのだろう。独立してまだ間もない(しかも南北戦争前夜と言うべき政情不安な)アメリカの都市では、こうはいくまい。

次回はこの証言のブレをデュパンはどう読み解くのか。いよいよ事件解決に迫っていきたい。

【 つづく 】


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