【 アルフレッド魔談 】(4/最終回)ノーベルの成功と失意

【 際限なき物欲 】

もし億万長者になれるような機会が巡ってくれば、あなたは億万長者になってみたいですか。「いや、私はそんなものになりたくはない」と答える人はおそらくまれだろう。大概の人は「なれるものならなってみたい」と思うのではないだろうか。毎年暮れになると「当店から○億円当選くじが出ました」と貼り紙を掲げる宝くじ売り場。その前に並ぶ人々の長い列。

ジム・キャリー(1962ー)と言えば「コメディ王」と呼ばれるほどの有名なハリウッド映画俳優だが、彼はこんなことを言っている。
「もし可能であるならば、あなたも大金持ちとなり、ほしい物はなんでも手に入る地位を得るといいだろう。そしてその瞬間に、あなたが本当にほしかったものは、こんなものではなかったと気がつくのだ」

お金に対する飽くなき欲望は、際限ない物欲に繋がってゆく。しかしその究極ともいうべき「ほしい物はなんでも手に入る地位」を得たところで、結局は失意に終わるのだろうか。「ほしい物はいっぱいあるが、なかなか手に入らない地位」こそが幸福なのだろうか。現社会において我々の心に忍び寄る真の「魔」は、じつは「お金」かもしれない。

【 戦争抑止力 】

さて本題。
アルフレッドは晩年になって自伝を書いている。ここにもまた「自分は新聞に書かれたような死の商人ではない」という意識が強く働いていたのかもしれない。彼は「ダイナマイトが戦争で使われることは想定内であり、破壊力の大きな兵器は戦争抑止力として働くと予想していた」と述べている。

ダイナマイトが戦争抑止力!……ドカンと爆発させてやれば、相手は即座に降伏するとでも思ったのだろうか。まさに「甘すぎる予想」というほかないが、彼が本気でそう思っていたのかどうかはともかく、「破壊力の大きな兵器こそが戦争抑止力」という愚かでまちがった考えはその後も受け継がれ、原爆、水爆を生み出していく。

昨年度(2023年)に話題になった映画「オッペンハイマー」を私はまだ観ていないが、彼もまたアルフレッドと似たような考えだったのだろうか。すなわち「破壊力の大きな爆弾こそが戦争抑止力」と信じて原爆完成に突き進んだのだろうか。あるいは「ほっておいたら誰かが必ずつくってしまう。ならば私の手で」と思ったのだろうか。

ふと思う。3回の求婚に失敗し、3度目の求婚者ゾフィーからは「あなたがくれたラブレターをバラすわよ」と数回にわたって脅迫され大金をむしり取られたアルフレッドがひとり黙々と自伝を書いていた晩年に、「もし人生をもう一度やり直すことができるとすれば……」と精霊が彼の耳元でささやいたと想像しよう。彼はなんと答えただろうか。ダイナマイトなどいらない。巨万の富もいらない。名声もいらない。私は一生を寄り添って共に暮らす妻がほしかったのだ。そんなふうに答えるかもしれないと私は密かに想像している。その世界にノーベル賞は存在しない。しかし何万という兵士たちが戦場で爆死することもなかったのだ。

1895年(死の前年)、アルフレッドは持病の心臓病が悪化し、遺言状を書き始めた。その当時、彼は親族から弁護士に至るまで、周囲の人間に深い不信感を抱いていたらしい。彼は直筆で遺言状を書いた。自分だけで書いた。その遺言状からノーベル賞が生まれた。なんと全財産の94%でノーベル賞5部門を創設するというものだった。それを知った親族たちは大騒ぎとなった。さもありなん。彼が指名した相続執行人はさぞかし「厄介なことになった」と思ったことだろう。

1896年、アルフレッド63歳。彼は知人に手紙を書いていたが、脳溢血で倒れた。倒れた直後に意味不明の言葉を叫んだ。かろうじて「電報」という単語だけが聞き取れたという。これが最後の言葉となった。急ぎ親類が呼び寄せられたが、彼は3日後に死亡した。
現在、彼はストックホルムの「北の墓地」に埋葬されている。

泉下のアルフレッドは毎年のノーベル賞受賞者を楽しみにしているだろうか。「そりゃそうでしょう」と関係者は言うに違いない。しかし彼の孤独癖、度々の恋愛失敗、新聞に書かれた自分の死亡記事文面を見た瞬間の失意、それらを丹念に見ていくと、泉下でノーベル賞を拍手喝采し喜んでいるとは思えない。「私が本当にほしかった人生は、こんなものではなかった」とつぶやいているかもしれない。

【 完 】


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