【 ホワイトタイガー 】
前回の魔談で「カラシニコフは戦車兵として独ソ戦に送り出された」という話をした。この「独ソ戦におけるロシア戦車兵」という、まさにそのテーマで映画がある。『ホワイトタイガー』(2012年)。ロシア映画である。
「戦争映画にも戦車にも興味などない」という人であっても、映画が好きならこの映画は「一見の価値あり」だと私は思っている。「オススメ」というほどの映画では全然ない(笑)のだが、なんていうのだろう、独特のムードの映画なのだ。「今どきのハリウッド映画ではまずありえない独特のテンポ、独特の間のび感、独特の陰鬱ムード、なんかそういうのが妙に面白い」てな感じ。
「そんな映画のどこがいいのか。そんな映画を推薦なんかするな。時間の無駄!」と一蹴されそうだが、まあちょっと聞いていただきたい。
この映画の主人公である戦車兵イワンは、戦闘により全身に大火傷を負う。前線の医者も担架で運ばれてきた彼を一見して、絶句する。
「どこに運びますか?」と担架兵から聞かれて「そこの森へ」と答えるほどの重症だ。「テントに入れて手当をしたところで無駄だ。どうせコイツはすぐに死ぬ」と言わんばかりの対応なのだ。
ところがイワンは奇跡的に回復し、医者も驚くほどの回復力を見せる。再び上官たちの前に出てきた彼を見て、横一列に数人並んだ上官たちはみな「我が目を疑う」といった表情だ。「彼は記憶がないようです」と報告を受ける。ところが上官は言う。
「構わない。前線に復帰させろ。戦車兵に記憶は必要ない」
戦争映画にはありがちな非情冷酷シーンだが、私はこの「戦車兵に記憶は必要ない」で思わず笑い、ついで嫌な気分になった。これがハリウッド映画であれば、この戦車兵はその後英雄的な大活躍をし、それを見た敗退のロシア兵たちはみな一斉に立ち上がって祖国防衛のために奮戦した。……と、こうなるのだろう。しかしこの映画はそうではない。
記憶をなくした戦車兵イワンは前線に復帰するのだが、記憶をなくした代わりに「戦車と話をする」という妙な能力を授かることになる。「戦車と会話? どういうこと?」と思ったでしょ。イワンの上官たちも奇異な目で彼を見るようになる。しかしほっておく。記憶がなくても、戦車と話をする男であっても、戦闘能力さえあればそれで良いと思っているのだ。このあたりから、この戦争映画は微妙にスティーブン・キング的なムードになっていく。イワンは戦車と会話を重ねつつ、戦車たちがみなすごく恐れているホワイトタイガーという謎の「白い戦車」が前線に隠れていることを知るのだ。
タイガーといえば当時、ドイツ軍が誇る無敵戦車がタイガー戦車だった。
前面装甲150mm。……などと言っても戦車に興味のない人にはなんのことやらわからんだろうが、要するに前面が15cmもある鉄板で覆われている戦車なので、敵弾を受けてもビクともしない戦車だったのだ。ではホワイトタイガーはドイツ軍が開発した新たなタイガー戦車なのか。どうもそうではなく、1台のみで戦っている謎の戦車らしい。
イワンは戦闘そっちのけで、その謎の「一匹オオカミ戦車」を追うようになる。
どうです? 妙な展開でしょ。
【 理想の短機関銃 】
さて本題。今度は実際にあった話。
戦車兵カラシニコフも戦場で大怪我を負った。彼は戦車のハッチを開けて、周囲の様子をうかがっていた、そのときすぐ近くで敵の砲弾が炸裂した。彼は負傷し、意識を失い、前線から運ばれて病院で治療を受けることになった。
この病院はかなり大きな(軍関係の)病院であったに違いない。というのも図書室があり、しかも兵器関係の本も揃えていた。カラシニコフはそこで「銃器関連の蔵書を徹底的に読んだ」と後に語っている。また彼は多くの入院負傷兵たちと話をし、デグチャレフ短機関銃(当時のソ連兵が使っていた銃)の情報を集めた。こんなもので戦っていては、ナチス軍の最新サブマシンガン(MP38)に勝てるはずがないと痛感した。「もっと優れた短機関銃をつくらないことには、我が国の未来はない」という結論に達したのだ。
彼がイメージした「理想の短機関銃」とは、(実現可能かどうかはさておき)以下のような特徴を備えた銃だった。
(1)農機具のように誰でも扱え、かつ頑丈であること。
(2)構造がシンプルであること。
(3)簡単に分解でき、また即座に組み立てられる構造であること。
(4)安価であること。
この「シンプル構造/簡単組み立て/頑丈/安価」という方針でカラシニコフは研究を始めた。全て独学である。その後の彼の行動を追ってみよう。
(1)カラシニコフは療養休暇を命じられた。彼は徴兵前に働いていた鉄道機関区に行った。
(2)機関区長を説得。機関区内の作業所や設備を利用する許可を得た。
(3)機関銃の設計を開始。行員から助言を得て短機関銃製造のための工具も調達した。
(4)2年の歳月を経て試作銃を完成。彼はそれを地方軍事委員会に持ちこんだ。
この後、まだまだ彼の短機関銃設計は(彼の転地配属と共に)改良を重ねていくことになる。
【 つづく 】