台湾のある時代、ある場所の群像を描く「軍中楽園」

素晴らしい台湾映画を見た。「軍中楽園」だ。ほとんど話題になっておらず、私が見に行った渋谷の劇場も日曜というのに午前中の回がわずか10人足らずだった。それもあり、尚更、応援の宣伝をさせてもらいたい気になった。

「軍中楽園」監督:ニウ・チェンザー 出演:イーサン・ルアン レジーナ・ワンほか

「軍中楽園」監督:ニウ・チェンザー 出演:イーサン・ルアン レジーナ・ワンほか

戦後中国では毛沢東率いる共産党と蒋介石率いる国民党の対立と戦いがあり、これに敗れた国民党は台湾に渡ってきたという誰もが知っている歴史がある。しかしながら大陸と台湾の海峡に存在する台湾領の金門島(今回初めて場所を確認したが、大陸からほんの2キロだ)には若者を中心に10万の兵士が駐留し、大陸からの攻撃に備えていた事実を初めてこの映画で知った。この島には奇数日には大陸から砲弾が飛んでくる。まあ威嚇の意味だが、弾が飛んでくる海岸で新兵が訓練を受けている事実には驚いた。

そして、その金門島には「軍中楽園」と呼ばれる兵士相手の慰問所があり、軍が管理し台湾から来た女性たちがそこで働いていたのである。

前置きが長くなったが、この映画「軍中楽園」は、精鋭部隊に入りながらも落ちこぼれた主人公の若者がここに配属され、働く女性たちと知り合い成長していく話だ。映画には客でもある上官、娼婦など様々な人物が登場するが、男も女もそれぞれの事情を背負って生きているのがいい。

チラシだけ見ると、アート系の何か暗い情念を描く映画のような印象を与えるが全く違っている。人間味がありユーモアも随所に見られる柔らかいタッチの映画だ。尚、慰安所の存在についてフェミニズム的視点から特に考察があるわけではない。ある意味、ノスタルジーすなわち過去の世界の回想になっている。しかし、台湾の60年代に人間が切なく懸命に生きていたということを豊かに表わしていて、映画としてこれで良いと考える。

主人公が出会う人物の中で最も印象的なのは初老の上官。大陸出身だが貧しい農家に育ち母親を故郷に残している、字も読めない人物。暑いので上半身は裸で赤い短パンを履き帽子を被っている。母親譲りの美味しい餃子作りの才を持つ。その彼が娼婦の一人を好きになってしまう。相手は若い美人でコケティッシュだが、女に対する男の想いが悲劇を生んでしまう。

また、もう一人印象的な娼婦がいる。若いころの原田知世に似たやや寂しげな女性だが、主人公に英語の「帰らざる河」の歌を教えてあげたりする。彼女にもここに来ている事情がある。

豊かな作品世界に浸っていると、ラスト、タイトルが流れる中、モノクロの写真が映る。これが切ない。現実はこうならなかったが、こうあってほしかったという、自分や上官たちの姿だ。例えば、大陸に渡り夫婦で餃子屋を営む上官。これには胸熱くなってしまった。

「非情城市」監督:ホウ・シャオシェン 出演:ウー・イーファン チャン・ホンジー トニー・レオン他

監督:ホウ・シャオシェン 出演:ウー・イーファン チャン・ホンジー トニー・レオン他【amazonで見る】

さて、好きな映画をもう一本!

「軍中楽園」には台湾映画の巨匠ホウ・シャオシェンが協力している。初めて台湾映画を見たのは89年(平成元年)、彼の「恋恋風塵」だった。これから台湾映画がブームになった。彼の最高傑作は89年製作の「悲情城市」だろう。果せるかな、日本公開の90年にキネマ旬報でベストワンになっている。

台湾の激動の近現代史を生きる家族の姿が描かれる。正直に告白すると、見た時、ストーリーの流れがよく把握できなかった。歴史が複雑なのだ。昔から台湾にいる内省人と大陸から来た外省人の激しい対立があり、様々な事件が起きていくけれども何が何だかよく分からなかった(そんな台湾の歴史を知っている人は専門家しかいなかったのではないか)。

しかし、それでも家族の様々な人物の溢れ出る想いに心動かされたことを覚えている。また、人物が日本人によく似ていて親近感を感じたものだ。この家の聾唖である四男を愛する女の子は容貌が松田聖子そっくりであった。

監督の、そのゆったりとした語り口と共に、延々と、悠々とカメラの長回しで捉えられた風景が見事だった。是非とも再見したい一本だ。

(by 新村豊三)

☆     ☆     ☆     ☆

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・絵本論など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>