<この投稿は暴風雨サロン参加企画です。ホテル暴風雨の他のお部屋でも「ホテル文学を語る」 に関する投稿が随時アップされていきます。サロン特設ページへ>
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さてオーバールック・ホテル。このホテルがなにゆえに邪悪な振る舞いをするようになったのか、それは「ああそういう理由で」と簡単に納得できるようなものではない。複雑に錯綜したおぞましい要因が絡んでいる。
「先住民の墓の上にホテルを建てた」という、にわかには信じがたいような誕生からこのホテルの呪われた歴史は始まる。「そんな非道なことが人間としてできるのか」という疑問は「……もしかしてこの地で先住民との壮絶な戦いがあったのかもしれない」という想像へと結びつく。人を人とも思わないような裏切りや虐殺があったのかもしれない。抹殺した先住民をバカにした挙句の「墓の上のホテル」建設だったのかもしれない。
しかしそれだけでこのホテルが病んでしまったわけではない。華々しくオープンし、政界の大物やら社交界の花形やらがこのホテルにやってきて、舞踏会やらパーティーやらを開いた。その会場で暗殺事件やら殺人事件やらがたびたび発生した。
そうした暗黒歴史を重ねているあいだに、自殺者発生の「いわくつき部屋」ができてしまった。ロビーは銃撃乱射事件で「いわくつきロビー」になってしまった。「いわくつき」がホテル内にどんどん増え、いつしかホテルそのものが「いわくつきホテル」になってしまった。
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こうして邪悪な精神を獲得したホテルにとって、冬のあいだに滞在する管理人家族というのはまさに「……さてさて今回はどのように料理してやろうか。じつに楽しみ」といった餌食にほかならない。ジャック・トランス一家の前はどうだったか。「……いやなに、亭主の精神状態をちょいとおかしくしてやったら、なんと斧で家族を追いかけ回して惨殺しやがった。双子の少女惨殺もなかなかよかった」てな具合だろうか。もちろんこんなつぶやきは原作に登場しない。しかしことほど左様に、原作におけるオーバールック・ホテルというのは、もうホテル全体が深く重く取り返しのつかない邪悪に染まっているのだ。
……このあたり、筆者のような洋画ファンとしては「惑星ソラリス」を連想させるものがある。つまりひとつの海、ひとつの惑星、そういう巨大な総合体が意思を持つなど普通はまず考えられないのだが、「じつはひとつの意思を持っていた」とそういう話である。
キングの原作では、こうしてホテルの餌食になったジャック・トランスがいかに精神を犯され、徐々におかしくなってゆくかという点、正気と狂気の狭間で揺れ動き葛藤するジャックの苦悩に大きなウェートを置いている。ここに読者の共感と感情移入をぐっと引き込むことに、まさにこの小説の成否を賭けているような感じだ。
小説を愛する人のひとつの悦楽は、登場人物のルックスを自分なりに頭の中で自由に想像することではないだろうか。筆者が小説「シャイニング」を読んでなんとなく想像したジャック・トランスは、男優で言えばエドワード・フォックスだった。……と言っても「だれ?」という人が多いと思うが、映画「ジャッカルの日」(1973)で孤高のスナイパーを演じたシブイ男優である、と言えば「ははあ」とわかる洋画ファンもいるかもしれない。痩身、金髪、翳りある風貌、無口……そういうイメージである。
ところがキューブリックときたら、なんとこの配役にジャック・ニコルソンをもってきた。
ジャック・ニコルソンという男優に抱くイメージというのは、もちろん観た映画とか好みとかで人により違うだろうが、大方のイメージとしては、この男が登場し彼の一種異様な輝きを放つ目を見た瞬間から「いつキレるか、いつキレるか」みたいな爆発危惧感を抱かせるようなヒヤヒヤ男ではないだろうか。
これは原作を無視したというよりは(もちろん原作を無視したのだが)、映画としてのアミューズメントを狙った、それをメインにもってきた、としか言いようがないような配役である。「家族のために再起をはかる真面目な男をお化け屋敷にほうりこんだ」設定のはずが、これでは「嬉々としてオオカミ男に豹変する男をお化け屋敷にほうりこんだ」みたいなものだ。もうワヤクチャだ。実際にジャック・ニコルソンは「ウルフ」(1994)でオオカミ男に変身し大暴れしている。キングの怒り爆発もわかるような気がする。
しかしキューブリックには「映画監督としての理由」、またその時期の彼にとって「映画監督生命としての理由」があったのだ。キューブリックにとっては、「キングの激怒」→「キングとの激突」はトラブルどころか、むしろ「予定どおり」だったのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )
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