テレビでは連日、正義の味方の活躍が伝えられた。
大人達は正義の味方に声援を送っていたのだが、不思議なのは子供だった。
町の子供達はあまり正義の味方には関心を示さず、悪党のボスにエールを送っていたのだ。
テレビのリポーターは子供にインタビューをしてみた。
「ねえ、君。君は何故悪党のボスが好きなんだね?あんな悪者を?」
「だって、かっこいいんだもん!」
悪党一味のアジトででテレビを見ていた兄はリモコンスイッチでテレビを消し、叫んだ。
「何か間違っている!子供が悪人の事を好きだなんて!」
兄は夜の町に出て、次の悪事の事に思いを巡らせていると、街角の占い師が声を掛けてきた。
「もし、そこの悪党さん」
兄はぎょっとしてその占い師を見た。
「どうして私の事を悪党だと分かるのだね?」
「あたしゃ人の事が見えるのさ。おまいさんは悪党のボスじゃろう?」
「・・・・・・・・」
「まあ、よかろう。おまいさん何か悩みがあるようじゃの」
「何故、子供達は正義の味方ではなく、悪党のボスを応援しているのかね?」
「何故って、そりゃ簡単さ。悪党のボスの方が清い心を持っておるからじゃ。 大人にはそれが分からぬが、子供にはそれが見えるのじゃ」
「そんな訳はないだろう!・・・あいつらは悪人だぞ!」
「ふむ・・・、おまいさんがその清い心を消してしまいたいのなら、方法はあるぞな」
「どうやって?」
「これを飲みなされ」
と言いながら占い師は小さな小瓶を取り出した。
「この薬を飲みなさると、清い心は無くなる。ええかね、これを飲むとおまいさんは本物の悪人になる」
兄は不審そうに小瓶と占い師を交互に見ていたが、小瓶を手に取り中の液体を一気に飲み干した。
しばらくすると目眩がしてきて、手に握っていた小瓶が地面に落ち、ガシャンと粉々に砕けた。
兄の目つきが、変わった。
急激に正義に対する憎しみが体からわき上がってきた。
この町の全てが憎悪の対象となり、弟も心の底から憎くなってきたのだった。
「・・・・正義だと?フン、あいつらは、ただの偽善者だ!
愛だと?そんなものは幻想にすぎん!
平和だと?・・・・金持ちの戯言だ!
幸せだと?そんなものは俺が、ぶっつぶしてやる!」
兄は本物の悪人になったのだった。
悪党一味の悪行は次第に新聞の一面に載るようになった。
悪党一味は麻薬売買にも手を伸ばし、平和だった町はとても治安の悪い町に変化していった。
正義の味方は日々、悪と戦った。
それとともに正義の味方は人気者になり、老人からも子供からも愛されるヒーローとなった。
悪党のボスは変装をし、町の変わりようを見てまわっていた。
町はすっかり悪の巣窟と化していた。
毎日、町のどこかで犯罪が起きていた。
「これだけ町が凄惨になっていれば、さぞかし正義の味方も活躍のしがいがあるだろう!」
悪党のボスはとても愉快だった。
・・・・もっともっとこの町を地獄絵図に変えてやるぞ!
そのような事を考えていると、小さな女の子が彼に近づいてきた。
女の子が彼の前で足を止めると、メモ帳を取り出し言った。
「サインをちょうだい!悪党さん!」
――――つづく
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