オオカミになった羊(最終話)by クレーン謙

気がつくと、僕はどこかの海岸線に立っていた──ここの景色は、いつかどこかで見た景色だ。
ザーザー、と波音がする中、僕は一人潮風に吹かれ、砂浜に立っている。
しかし、しかしだ。僕は死んだのではなかったのか?
特殊部隊が『聖なる羊たち』教団に侵入し、僕の脳は銃で撃たれ、あの時に僕は死んだ筈だ。
すると、ここは『あの世』なのだろうか。しかし勿論僕は、あの世なんて全く信じていない。
一体、ここは何処なのだろうか?

海岸線の形を、ぼんやりと眺めながら、海鳥がニャアニャア、と鳴くのを聞いている内に僕はようやく思い出した。そうだ、ここは遥か昔、エレンとフレムに最後に別れを告げた場所だ。
そう。あの時僕は、一角獣となって、この世に侵入し、エレン達と共にヴァイーラ伯爵と戦った。
僕たちはヴァイーラ伯爵を倒し、この世界は救われたが、僕たちを助けてくれたマーヤは死んでしまったんだ──数十年前の出来事が、まるで昨日の事のように頭の中を駆け巡った。

そう言えば、エリは僕が死ぬ前に『いにしえの子守唄』を歌って聞かせてくれた。
『いにしえの子守唄』は父さんが、この世界に組み込んだ最も基礎的なプログラムだ。
僕は『いにしえの子守唄』でこの世に転生したのだろうか?

自分の体や手足を見ると、あの頃と同じ10歳の体つきだった。靴は履いておらず、裸足だった。僕は波打ち際まで歩いていき、寄せる波に足を浸してみる──少しひんやりとしたけど、とても気持ちが良かった。
しばらく、そのまま水の感触を楽しんでいると、何かが近づく気配がしたので、僕はそちらを見る。
右手方向の波打ち際を、白い馬がこちらへと、ゆっくりと向かっているのが見えた。
よく見れば馬の背には、僕と同い年くらいの少年が一人乗っている。腰には、光る短剣が刺っていた。少年は僕を見ると叫んだ。

「レイ!! 」

聞き覚えのある懐かしい声。エレンの声だった。
更に近づいてきたエレンは、あの頃と全く変わっていなかった。すると、あの白い馬はきっと一角獣のジョーに違いない。
僕は、懐かしさのあまり涙が出そうになっていた。僕は手を振りながら返事をする。

「エレン!! 」

エレンは馬のジョーから降りると、駆け出し僕の所までやってきて僕の手を握った。

「レイ、ようこそ僕らの世界へ! ようやく会えたのが、とてもとても嬉しいよ。しかし、思ったよりも君は可愛らしい顔をしているね。もっと、ツンツンとした顔だとばかり思っていたよ……」

僕は照れながらエレンの顔を見つめた。やはり、エレンにだけは白状しなければ、いけないだろう。
僕は恥をかなぐり捨てるようにして言った。

「エレン、また会えるなんて思っていなかったよ。僕はね、自分の世界で、許されない行いをしてしまったんだ。地上の生き物を守るため、僕は人類を抹殺しようとしたんだ──とても間違った考えに取り憑かれた僕は、全ての人を敵に回してしまった。僕のおかげで、人類はその数を減らし、EMP爆弾の影響で地上の機械文明は滅び、人々の暮らしは前世紀のようになってしまった。きっと、誰一人として、僕を許しはしないだろうね。きっと、後々の歴史書や教科書で、僕は史上最悪の人物として永遠に記録されるだろう……」

黙って僕の話を聞いていたエレンは、再び僕の手を握りしめ、真顔で言った。

「レイ、そんなの関係ないさ。忘れたのかい? 君のおかげで、僕の住んでいる世界は救われたんだぜ? 病を患っていたお母さんは、すっかり治ったし、妹のレーチェルも元気だ。君はこの世界の救世主なんだ。いいかい。たとえ、全人類が君を許さなかったとしても、僕だけはいつまでも君の味方だよ。僕だけじゃない、フレムも君の味方だ」

「フレムか! フレムは元気かい? フレム最後の魔術のおかげで、僕は科学者になれたんだ。お礼を言わないとね……」

「ああ、元気さ。もう魔術は使えないけどね。きっと、君に会うと喜ぶよ。フレムだけじゃない。君の友人、いや君の奥さんだったマヤも君の事を待ちわびている」

僕はエレンがマヤの名を告げるのに驚いた。僕は恐る恐る、エレンに聞いた。

「……マヤはこの世界にいるのかい? 」

「知らなかったかもしれないけど、マヤはマーヤの生まれ変わりなんだよ。君の世界で交通事故で死んだマヤは、この世界へと『戻って』来たんだ。実はというとね、マヤは君がここへやってくるのを予言していたんだ」

そう言って、エレンは腰から羊皮紙を取り出し、僕に見せた。
そこには僕の顔が描かれていた。10歳の姿のままの、寂しそうな僕の顔だ。マヤが描いたものだろう。
我慢が出来なくなり、とうとう涙を流し始めた僕は、頭を掻きながら、エレンに言った。

「マヤに会ったら、すごく怒られるだろうなあ……。なにせ、今まで酷い事をしてきたからね、僕は」

10歳という年齢に関わらず、勇者の風格さえ漂わせる顔で、ニヤリとエレンは笑った。

「ああ、そうかもね。なにせマヤは間違ったことが大嫌いだからね。でもね、きっと許してくれるよ。マヤは今でも君の事が好きなんだから。それは、この絵を見れば分かるよ。さあレイ、行こう、みんなの所へ。皆、君の事を待っているよ、心から」

エレンはジョーにまたがると、僕を引っ張り上げ、ジョーの背に乗せてくれた。
僕たち二人が乗っているのに、ジョーは一向に怯まず、一声ヒヒン、と嘶き、砂浜を駆け出した。
空はどこまでも青かった。きっと、僕は戻るべき所へと戻ってきたのだろう。
もしかしたら、これは僕が死んだ後の、ただの幻影か残像に過ぎないかもしれない。
でも、そんな事はもうどうでも良かった。
今まで何十年も孤独だった僕は、ようやく大切な人達と再会できるのだから、もう思い残す事はない。
頭上の青空の彼方から、エリが歌う『いにしえの子守唄』が静かに響き渡っていた。

星に願いをかけるとき 君が誰だろうと 関係ないのさ
心に願うことは なんでも叶うという

君が心から夢見ているなら きっとそれは叶えられるだろう
夢見る人がするように 星に願いをかけてみよう

運命の女神は優しいから 愛ある人に届けてくれる
その人たちの秘密の願いを 叶えてくれるだろう

突然に光る稲妻のように 女神はやって来て 君を導いてくれる
星に願いをかけるとき 君の夢は叶うだろう

――――完

(by クレーン謙)

※1年以上にわたる連載をご愛読いただき本当にありがとうございました。「RADIO CRANE’S」は次回作準備のため当分のあいだ休載します。クレーン謙さんがホテル暴風雨に帰ってくる日をどうぞ気長にお待ちくださいませ。

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