パイナップル〜パイナップルと志村けんさんは悪くありません。悪いのは未熟者の私です。

パイナップルには罪は無い。

そんなことは百も承知であるが、あらかじめ宣言しておかなくては、この後の話を曲解されてしまう恐れがあるので、あえて当たり前のことを申し上げた。つまり、「酢豚にパイナップルはアリかナシか問題」である。ちなみに私はどちらかと言えばナシ派である。

分別の付いた大人ならば、あえて口にしないという態度を取ることが推奨されるのだろうが、どうしても発言したくなってしまったのである。
「特定の食材についてその是非を問うのは、その食材を侮辱している」
「個人の嗜好を開陳して他人に強要するのはどうかと思うよ」
「どっちでもアリかな」
「嫌なら食べるな」
この問題については様々な意見があることは承知している。「嫌なら食べるな」という意見には賛同する。なので、中華料理店では酢豚を注文しない。

志村けんさんが亡くなって2年が経った。ご存じのこととは思うが、新型コロナウイルスに感染してそのまま帰らぬ人となってしまった。突然の訃報にびっくりして我が耳を疑った。当時テレビでは志村けんさんの追悼番組が放送されていたのだが、たまたま目に入ったシーンでは酒を飲んだ夫役の志村さんが、妻役の人に暴力まがいの無理難題を押し付けて笑いにしているコントがあった。しかし、私には笑えなかった。

コントが制作された当時はおそらく私も笑いながら見ていたのかもしれない。時代の中でその時々の笑いを表現しただけであり、志村さんに罪は無い。問題はなぜこのシーンを追悼番組に選んで放送したのかということである。もっと他のコントがあったはずなのに。私のこのモヤモヤした気持ちをTwitterでぶちまけたところ「嫌なら見るな」というありがたいアドバイスを頂いた。なので、自分から見ないし、中華料理店では酢豚を注文しない。

この2年の間、コロナウイルスの蔓延で宴会が無くなった。以前は忘年会や歓送迎会などの宴会が少なくとも年に数回はあった。そして、少なくとも1回は中華料理が提供された。自分で注文する際は決して酢豚がその候補に挙がることは無かったが、なぜかコース料理には必ずと言っていいほど酢豚が提供された。これも食べなければいいという話な訳だが、テレビについてはそう単純な話ではない。

テレビ番組は公共の電波を使って、不特定多数に向けてブロードキャストされるメディアである。チャンネルを回している途中で、意図せず見てしまうこともある。「嫌なら見るな」というアドバイスを頂いたものの、それを実行するにはテレビ自体を消すしかない。おそらくそうすべきだということだろう。このようにしてNHKニュースとEテレしか見ない私のようなおじさんが増産されていくのである。

酢豚という料理が存在することも、そこにパイナップルが使われていることも、そして、志村けんさんがハラスメントまがいのコントを演じたことも、すべて否定されるべきではない。断罪されるべきは酢豚をコース料理の一品に加えた料理長であり、数多あるコントの中からこのコントを選択したディレクターである。酢豚に手を付けなかったことに関してはパイナップルに謝罪したい。

数年ぶりに実家に帰った際に出された夕食にポテトサラダがあった。子供の頃から食べているポテトサラダなのだが、子供の頃から食べているからといって全てが懐かしい感動の味というわけにはいかなかった。我が家のポテトサラダにはリンゴが入っていた。そして秋には柿が入っていた。塩味の中に甘味のアクセントをつける食文化を私自身子供の頃から教育されてきたはずであるが、どうしてもなじめずに大きくなってしまった。今回のポテトサラダにも当然リンゴが入っており、先に全部食べてしまうという大人の対応をした。

甲殻類アレルギーでエビチリが食べられない。生きたまま鰭だけ切り離されて捨てられたサメの映像を見てからフカヒレは食べない。宗教上の理由でブタは食べられない。以前交通事故に遭ったのでカーチェイスシーンは見ない。ドメスティックバイオレンスで離婚したので暴力的シーンは見ていられない。様々な理由でそれぞれの困難、拒絶、禁忌、苦手、傷心を抱えており、すべてにおいて配慮することは難しいとしても、多様な人が接するであろうコース料理やメディアは細心の注意を払わなければならない。

パイナップルは未熟な状態で収穫してしまうと、後から甘みが増す、いわゆる追熟をしない。また、その果実には針状の結晶をしたシュウ酸カルシウムが含まれ、口内を傷つけてしまう。さらにはタンパク質を分解する酵素であるブロメラインを含むため、傷ついた口内を酵素で分解してしまい出血することもあるらしい。

私自身もこのエッセイを通して一般に情報発信している身であるから、その内容については注意を払っているつもりである。とはいえ、私にはすべての困難、拒絶、禁忌、苦手、傷心に配慮し尽くした文章を書ける能力は持ち合わせていない。未熟なエッセイストが発する言葉は他人を傷つけるだけでなく、自らをも傷つけ分解してしまう恐れがある。分別の付いた大人ならば、あえて口にしないという態度を取ることが推奨される世の中であるが、言ってしまった未熟者の私は自己消化して消えてしまわないよう、今後も精進していきたい。

(by ぐっちー)

<編集後記>

※このエッセイ「妄想生き物紀行」、今回は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第45回「パイナップル」と関連した内容でお送りしています。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第47回「パイナップル〜パイナップルと志村けんさんは悪くありません。悪いのは未熟者の私です。」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

「妄想旅ラジオ」放送では、パイナップルにも含まれる植物ホルモン数種を「会社によくいるあんな人」にたとえたぐっちーさん。エッセイでは自分自身をパイナップルにたとえるという切り口に唸りました。言葉にすればそこに宿るという「言霊」というものが、シュウ酸カルシウムやブロメラインのような「物質」として発見される日も来るのかもしれません。って我ながら適当な思いつきを安易に言葉にしすぎです。消化されて跡形もなくならないよう、適当もほどほどにしないと。

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さて今回も、ぐっちーさんとみなさんと、Twitterでお話したいと思います。パイナップルについて、食べ過ぎると口の中がピリピリする件について、酢豚にパイナップルはアリかナシか問題について、などなど何でもお話しましょう。参加方法はTwitterに書き込むだけ、なので初めての方も、ラジオお聴きのみなさまも、質問してみたい人はもちろんただお話してみたい人も、エッセイを読んでの感想、ぐっちーさんへの質問やツッコミなど、ぜひお気軽に。お待ちしています!

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