このお話は、ホテル暴風雨の庭園に生えてきた新種の植物のお話です。
絵とお話「伝説の羊の木」
マンガ「何が見えますか?」
絵とお話「はじめまして、お名前は?」
絵とお話「大きな大きな莢」
マンガ「メエサクさんと豆」
絵とお話「思い出のヒツジガリ」
を先にお読みになると、よりお楽しみいただけます。では、はじまり、はじまり〜!
みなさまこんにちは。造園係のアルブルです。
近頃気になっているのは、ひとつ芽が出たのに後が続かないことです。あ、失礼いたしました、この間中を開けてみたあの豆のお話です。
う〜む、いったいどういうわけなんでしょう。
「こんにちは」
アルブル:「バベルさんじゃないですか、こんにちは」
バベル:「アルブルさん、どうですか、その後例の豆は」
アルブル:「それがですね、最初に収穫した豆のひとつからは芽が出たんですが、その後のものはさっぱりなんです。いろいろな条件を与えて試してはいるんですが」
バベル:「そうなんですか。湿度とか、温度とか、光なんかを最初のものと同じにしても発芽しないんですね」
アルブル:「最初の豆は、ジュロウシェフが試食したり、チヨさんが中を調べたりして、結局土に蒔いたのはひとつだけでした。その時の条件をそこまで詳しく記録しなかったのでなんとも言えませんが、普通に蒔いたら普通に発芽したんですよ。それなのに……」
バベル:「えっ、あの豆、食べられるんですか」
アルブル:「シェフのお話では、そら豆に少し似て美味だそうですが、あの方は毒草でも毒キノコでも美味しければ食べるし害があるはずがないという主義なので、他の方が食べて大丈夫かどうかはちょっと……」
バベル:「……そ、そうですよね。すみません、話の腰を折りました。では、最初の豆だけは特別なことをしなくても発芽したのに、後は全滅ですか」
アルブル:「それが、3度目の収穫でメエサクさんにお渡ししたひとつだけは発芽したんです!」
バベル:「ほう」
アルブル:「しかも、そのへんの土を植木鉢に入れて蒔いただけだというので、いったい何がどうなっているやら」
バベル:「最初の豆を取り出した時、メエサクさんもその場にいたんですよね?」
アルブル:「はい、そうですけれど」
バベル:「じゃあ、メエサクさんが触れるだとか、ヒツジの毛がつくだとか、そういう発芽条件があるのでは?」
アルブル:「ええっ、か、考えてもみなかったなあ……。確かに、あの豆は、顕微鏡で見ても羊毛と区別のつかないほどの毛に覆われて出てくるんです。ヒツジと何か関係があるに違いありませんね。羊の木に似ていることにはじめに気づかれたのもバベルさんでしたよね、さすがです!これは実験すべきことが増えてきましたよ」
バベル:「そのことなんですが、『羊の木』っていうのはあくまでも伝説上の植物ですから、どんな特徴を備えているかについては諸説あってバラバラでしてね」
アルブル:「はあ」
バベル:「たまたま、はじめに生えてきたのを見せてもらった時に読んでいた本に『羊の木』の記述があったもので、思いつきを言ってみただけなんですよ。芽生えたばかりの植物の細かい特徴まで、私にはわかりませんし」
アルブル:「そうだったんですか?」
バベル:「むしろこれは、周囲にいる人の願望通りに育つ植物だという可能性を考えるべきなのでは」
アルブル:「な、なんですって!?」
バベル:「これはサイが生まれてくるサイの豆だ、と信じて布団の中で暖めてみるとか」
アルブル:「サイの豆!?……、いやでも、ヒツジと何か関わりがあるに違いないと今まで思ってきましたから、急にそんなことは……」
バベル:「……アルブルさん、今の話、何%くらい信じました?」
アルブル:「……なんだ、冗談ですか。そ、そうですよね。ところで、どのあたりから冗談だったんですか」
バベル:「もちろん最初の『羊の木』からですよ。でも今になって俄然興味が湧いてきましたね。これ、ヤギの木かもしれませんよ。何の木にでもなれる、可能性の木とも言えますね」
アルブル:「…………」
「可能性の木」っていったい、何事でしょう。すっかりわけがわからなくなりましたよ。じゃあ、バベルさんが最初に「これは伝説のサイの木だ」と言ってみんながその気になっていたら、豆のさやからサイの角でも出てきたっていうんでしょうか!?
この豆の正体を調べるのは、どうも簡単ではありませんね。チヨさんに相談に行ってきたいと思います。みなさまは、どう思われますか?アルブルでした。
ホテル暴風雨ではみなさまからのお便りをお待ちしております!
「ホテル暴風雨の日々」続きをお楽しみに!