せんもんはっこう

4歳を迎えてからというもの、子どもはここにきて急に思ったことをどんどん話すようになってきた。支離滅裂なことも多いが、大体は何か文脈というかストーリーのようなものがあって、それを説明してくる。
先日はお友達の猫のさらにお友達の黒猫ちゃんと一緒にぐるぐる公園(近所の滑り台のある公園)に行き、鳥を追いかけていたら猫ちゃんがベンチを飛び越えて走っていっていなくなってしまった、という話をされたのだが、そんなことをした記憶はないのできっと夢か想像上の話である。
小さなクモなどを見つけると、「なんでここにいるのかな?助けなきゃ!」と言ってつかもうとしたり、「クモさんはきっとここが好きなんだよ、だから住もうと思ってやってきたんだよ」などと様々な想像を働かせている。
これにいちいち耳を傾け共感し、クモやダンゴムシとも会話をするのはなかなかに骨の折れることではあるが、こうした小さなことの積み重ねが話すことの楽しさや、自分の思いを伝える力を育んでくれるはずだと自分に言い聞かせている。

そして時折オリジナルな言葉を生み出したりするのも面白い。
息子はなぜか蚊取り線香のことを「せんもんはっこう」と呼んでいるのだが、これがどこから由来しているのかさっぱり見当がつかない。もしかするとちょっと前に公園で線香花火をしたことで蚊取り線香と線香花火が混ざってしまったのか、自分の知らないうちに新しい商品名が生まれているのか、もしくは専門的な何かを発酵させているのかは謎だが、「これは蚊取り線香だよ」と言うと、きちんと「かとりせんこうだね」と言うにもかかわらず、次に見つけるとまた「せんもんはっこうは蚊をやっつけるんだよ」と言っている。
なんだか語感が妙にしっくりくるので、つい自分も「あ、せんもんはっこうがあるね」などと言ってしまい、うっかり蚊取り線香の新しい呼び名として定着してしまいそうである。

大人との会話の言葉選びにも、その時々でこだわりが生まれはじめていてややこしい。たとえばひとりで上手にごはんを食べられた時のことである。

「ひとりで全部食べられたの?カッコいいーっ!」

「カッコいいって言わないで」

「え?じゃあ、、、すごいね!」

「すごいって言わないで」

「じゃあ。。。いいねっ!!」

「ふふっ」(ドヤ顔)

お前はフェイスブックか、とツッコミを入れたくなったが、ちょっと前までは「すごいねって言って」と何にでも「すごいね」を要求していたにもかかわらず、時と場合によっては気に入らないらしい。

考えてみるとほんの数ヶ月前とは比較にならないほど言葉の使い方や表現力、相手に的確に物事を伝えることに加え、微妙なニュアンスまで表現できるようになっていることに驚くが、子どもの成長とはそういうものなのだろう。

最近知ったことだが、人間には認知能力と非認知能力というものがあり、いわゆる成績やIQなどといった測定可能なものを認知能力、その枠組みを外れて正確な測定ができない、協調性や想像力、コミュニケーション能力などを非認知能力と呼ぶらしい。
この概念は経済学から生まれたものと心理学的なものから派生したものが融合し、現状はその領域がグラデーションのようになっているそうだが、どちらにせよこの非認知能力は子どもの発達の過程で非常に重要であり、その後の人生に大きな影響を与えるものとして近年認知されてきている。
まだ未就学児である自分の息子は成績やIQのようなもので判断される段階にはなっていないが、自分としてはそれ以前にある社会心理的能力、つまり非認知能力のようなものがより大切だと感じていることはこのノートにも書いていたことであり、あらためてそのことを実感している。
学力や偏差値、IQなどはひとつの指標として意味はあると思うけれど、デジタル化が進んであらゆるデータが数値化されていく時代になったことで、これからはどこまでも数値化できないものに価値が生まれることは間違いないように思う。
「せんもんはっこう」なんて自分にはまず思いつかない言葉で、言い間違いといえばそれまでだが、どこかキャッチーで雰囲気のあるネーミングである。そういうことも数値化できない想像力のひとつとして大切にしていっても良いのではないかと思っている。

(by 黒沢秀樹)

『できれば楽しく育てたい』黒沢秀樹・著 おおくぼひでたか・イラスト

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※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
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