2005年度ピンポイント絵本コンペ優秀賞受賞作です。受賞記念の展覧会で原型を見て「好きだなコレ」と思っていたら、約2年後に刊行されました。 編集者と二人三脚で焦らずじっくり取り組んだのでしょう、とてもていねいに仕上がっています。
さて、男の子には二つの典型があると私は思っています。動物派(昆虫含む)と乗り物派。子どものころ私は完全に動物派で、三つ上の兄は完全に乗り物派でした。同じうちに育ちながらこうもはっきり違うのは、やはり生まれつきの個性というものがあるからでしょう。
個性の違う二人の子どもがいると絵本を選ぶのも大変です。動物絵本を読めば私は喜ぶけれど兄はいまひとつ。乗り物絵本を読めば兄は喜ぶけれど私はいまひとつ。母は苦労したろうと思います。ああ、もしそのころ『いもむしれっしゃ』があったなら(笑)。
いもむしれっしゃはなんと、イモムシであると同時に列車なのです。おだんごが五つくっついたようなかっこうで、美味しそうな色をして、おなかの中に客室があるのです。「むしがおか駅」から「りんごのき駅」まで小さな虫のお客さんたちを乗せ、がたん、もにょん、と走っていきます。
この絵本の見所はなんといっても、細かく描きこまれた虫たちの暮らしぶり。テントウムシやバッタ、カナブン、カミキリムシなど、何十種類もの虫がそれぞれの虫らしさを残しながらも、服を着たり、自転車に乗ったり、布団を干したり、人間のような生活をしています。駅の売店が musisk だったり、伝言板に「まってたのに! ミミズハナコ」と書かれていたり、遊び心もたっぷり。ページの隅々まで楽しめます。
にくいのは虫たちのミクロな視点で描かれた世界にときどき巨大なスコップやじょうろ、軍手などが現われること。それによって、直接画面には登場しないけれど、この世界には人間もいることがわかります。つまり、いもむしれっしゃが走っているのは読者にとって身近な場所、近所の草むらや塀の後ろ、大きな木の上かもしれないと感じられるのです。
読み終わって気になることが一つ。イモムシは普通成長したらチョウになります。では、いもむしれっしゃはいつか「ちょうちょひこうき」になるのでしょうか? ならなそうな気がするけれど、わかりませんよ。幼虫から成虫へ魔法のような変身を見せるのが昆虫だから、ひょっとしたら続編で空の旅とかあったりして。
(by 風木一人)
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