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1週間後、夫婦は再びやってきた。初回同様に居間に上がっていただいた。私はF4サイズのスケッチブックが入ったビニール袋を彼らの前に置いた。ガムテープで封印された袋をチラッと見て父親が言った。
「娘に開封してほしいということですね?」
「そうです」
「私どもは見ない方がいいと……」
「そのとおりです」
この時点で私は娘の名前を知らされていた。この話ではその名前を「まなみ」としたい。私は説明した。この中身はスケッチブックだが、それはまなみさんに宛てた手紙のようなものであると。
「このことは……つまり5人目の家庭教師ということで……まなみさんになにか話をしましたか?」
「いえ……まだなにも」
「そうですか。それはかえって都合がいい。まなみさんにこのスケッチブックをポンと渡してください。家庭教師のことも、夫婦でここにいらしたことも、なにも説明しなくていいです」
「まなみは……これを開封するでしょうか?」
「それはわかりませんね。開封する方に賭けます」
「もし開封しなかったら?」
「この件はこれで終了です」
私は説明した。うまく行けばまなみさんはこれを開封し、スケッチブックを開くだろう。その1枚目には私の絵があり、2枚目にはメッセージが書かれている。そのメッセージには「もしその気になったら……」ということで、3枚目に追加をお願いしている。それは絵でもいいし、メッセージでもいい。何日かかってもいい。何日か経過して「その気になれない」と思った場合は、そのままスケッチブックを戻してもらって構わない。どのような内容であろうとも、また結果であろうとも、それを見るのは私だけであって、だれにもそれは見せない。その点は信頼してほしい。
「なるほど」
父親は納得したようだった。母親はずっと黙っていた。彼女がなぜ一言も発言しないのか少し気になったが、我々の会話は熱心に聞いているようだったので、ほっておくことにした。
「スケッチブックはどうやって戻すのです?」
「メッセージにはメールアドレスが書いてあります。戻す気になったらメールをくれと書いてあります。それを確認したら……取りに行きます。御近所ですし、別に構わないです」
正直に言えば引きこもり娘がそれを開封しようがしまいが、私にとってはどちらでもよかった。また開封したところでどのような反応をするのか、まったくわからなかった。なりゆきを見るしかない。夫婦はその時点での謝礼金を聞いてきたが、「もう少し経過してから」と答えた。
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1週間が経過した。引きこもり娘からはなんの連絡もなかった。
「しかたがない」と私は思った。
さらに数日が経過し、父親からメールがあった。進展を聞いてきた。
「返答なしです」と私は返信した。「この件は終わったな」と思った。しかしそうではなかった。
……………………………………………【 つづく 】