「薄暗い部屋だったので……窓から入ってくる日光が雲でゆらゆらと揺れたりとか、空中を漂ったチリとかホコリがキラキラと光ったりとか……そういうのだったかもしれない」
慎重な口調で前置きした上で、TTは奇妙な話を始めた。その人形を包み込むようにして、ぼうっと淡く光るものがあったというのだ。
「光るもの?……どこか一部か?」
「……いや、全体に……ゆらゆらした感じだった」
彼はプロのカメラマンである。言うまでもないことだが、「光の流れに対して最も敏感な人種」と言っていいだろう。
最初にそのことに気がついたとき……つまり人形全体がぼうっと光っているような、なにかゆらゆらした光で包まれているような、そうしたものを感じた瞬間、さすがの彼も「まさか」と驚いた。「目の錯覚か」と自分を疑い、2秒間ほど目を閉じて、もう一度凝視した。しかし目の錯覚か、そうではないのか、一心に見つめて考えてもわからなかった。「そんな馬鹿な」と思ったり「燐光を発するような素材でもあるのか」と考えたりしたのだが、その人形をじっと見つめているうちに、奇妙な胸騒ぎを感じた。
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あわてて視線を外らした時に、老人が出てきた。紐で通したコブリッジを5個見せながらなにかボソボソと言ったが、英語ではなかった。「何個ほしいか」とか数のことを言ってるのだろうかと見当をつけた。5個とも欲しかったが「全部買ってしまったらこの老人が困るかもしれない」と気を回し、指を立てて「4個」と示した。
老人は黙ってその指を見ていたが、コブリッジ5個を紐ごとTTに渡した。鉛筆を手にして、脇にあった紙に数字を書いた。コブリッジ5個の値段なのだろう。街の屋台で見かけた値段のざっと倍だ。「ずいぶんだな」と思ったが、うなずいてその値段をおとなしく支払った。老人はうなずき、「ちょっと待ってろ」といった仕草をして、また奥に引っ込んだ。
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ため息をつきたい気分だった。一刻も速く用事を済ませてこの店を出たい気分だというのに……しかもその用事はすでに済ませたというのに……彼は人形を見ないように努めた。どうにも我慢できなくなったら、このまま黙って店を出てしまうという手もある。もう代金は支払ったのだ。なにも問題はないはずだ。
ところが……。
「視線を感じるんだよ」
「まさか……人形から?」
「そう」
我々はしばし沈黙し、次に「視線を感じる」という不思議な感覚につき、あれこれ雑談した。
彼の意見では、その感覚は極めて本能的な動物的な感覚であり「科学的な説明は難しいだろう」というものだった。
私も同意見だったが、ライアル・ワトソンの本に出てくるエピソードを思い出した。オーラの話である。オーラは人の感情で、弱くなったり強くなったりする。人がなにか物に触れる。するとただそれだけで、その人の、その瞬間のオーラが物に残留する。
ライアル・ワトソンはそうした状況を「感情の指紋」という面白い表現で示している。
さらにオーラは人がなにかに注目しただけで、(その強さは人によるらしいが)感情を伴ったオーラは電光のように宙を飛んで、その対象に突き刺さるというのだ。
「まさに殺気、てヤツだね」と彼は笑った。
同感だった。「殺気を飛ばす」という表現もあるぐらいだ。最も攻撃的で、放たれた矢のように相手に突き刺さるオーラが「殺気」なのかもしれない。
…………………………………… 【 つづく 】
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