【 イングランド 】
今回はイギリス、というよりもイングランドの話から始めたい。
「同じじゃん!」などと思ってはいけない。それは我々日本人の感覚であって、イギリスというのは、あの狭い島々にイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4国がひしめいている。もはや中世のように「隙あらば侵略」ほど殺伐としてはいないが、「隙あらば独立」の気運は常にある。一番独立したがっているのはスコットランドだ。そう見るのが正しいイギリス観である。
あのあたりで言葉として特に注意しなければならないのは「English」だ。これは元々は言語のことではなく「イングランド人」という意味である。したがって我々が海外で「中国人!」と声をかけられて多少なりともムッとするように、イギリスで「English」と発する時はかなり注意しなければならない。相手がショーン・コネリーのような(常にスコットランド独立を模索している)スコットランド人だったら、もうそれだけで怒り爆発の可能性だってあるのだ。
このイギリスならではの微妙な「お家事情」は、国際的なサッカー競技にも現れている。
たとえば御存知のように、ワールドカップでは「イギリスチーム」とか「イギリス代表」とかいうのはない。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4チームに分かれて戦っている。これはFIFA(国際サッカー連盟)が認めているからだ。しかしオリンピックではそうはいかない。IOC(国際オリンピック委員会)が認めていないからだ。なのでオリンピックでのサッカー競技は「グレートブリテン代表」ということで(4国からの選抜選手で)参加している。
【 灯台の王 】
さて本題。
イギリスにも灯台フリークの間で有名な灯台がある。
ビショップ・ロック灯台。イングランドの人々は「灯台の王」と呼んでいる。
「灯台の王」といい「ビショップ・ロック」といい、「なんかいかにもネーミングがイギリスだよな」と思うのは私だけだろうか。
ともあれこの灯台はギネスブックにも載っている。なにがギネスなのか。「建物が立っている世界最小の島」ということらしい。実際は「島」というよりも「岩礁」である。長さ46m、幅16mしかない。よくこんな岩礁に灯台を建てようなどという気になったものだ。1847年に起工したが、完成する前に流された。それから11年が経過し、1858年にようやく完成した。
英語に堪能なかたは「ビショップ・ロック」と聞いて「なんで僧侶なのか」と思ったかもしれない。私はチェスの駒を連想した。また同時に「……そういえば、チェスの駒は灯台みたいなのが多いよな」とも思った。キング、クイーン、ビショップ、ルーク、ポーン……みな灯台のような形をしている。
調べてみたら「チェスの駒」はなんの関係もなく(笑)、「岩礁の形状がミトラ(司教冠)に似ているから」説というのがあった(異説もある)。ローマ法王が儀式の場などで「いかにも」という感じの、権威主義的なでかい冠を頭につけている。真正面から見ると、上にとんがった三角形のような冠で、これみよがしの装飾が施されていたりする。あれがミトラである。
このビショップ・ロック灯台は高さ49m。現在は屋上にヘリパッドが設置されている。船で岩礁に接近するよりは「危険度が少ない」ということなのだろうが、こんなところに着陸しなければならないヘリパイロットにとってはとんでもない着陸地点だ。
このヘリパッド設置により、ビショップ・ロック灯台の最上部は鋼鉄で編んだ冠が載せられたような形状となった。ネット検索で出てきたその写真をしばらく眺めていてふと思った。
「こりゃ王冠というよりも、イバラの冠だな」
イエスが十字架に向かう途中、ローマ兵士があざけりと共にイエスの頭に「イバラの冠」をかぶせた。そして「ユダヤの王、万歳!」とからかった。
「灯台の王」は、見方によっては「イバラの冠をかぶせられたユダヤの王」を象徴するかのようだ。くり返し襲ってくる波に立ち向かい、遠方の船に向かって光を放ち、163年間、立ち続けている。
( 余 談 )
映画「目撃者/ジョン・ブック」(1985年・アメリカ映画)は御存知だろうか。
「アーミッシュ」というストイックなキリスト教の一派がある。彼らは現代文明を拒否し、電気や車を使わない。共通の地味な伝統服を身につけ、農業を営んでいる。
この映画は「かなり忠実に、偏見なくアーミッシュの生活を描くことに成功した」と高く評価されている。ところがひとつ、字幕に大きな誤りがあるのだ。
負傷してアーミッシュの村に逃げこんだ刑事ジョン・ブック(ハリソン・フォード)は、次第にアーミッシュの生活に溶けこむようになる。恋も芽生える。しかし彼は最後にもとの世界に戻っていく。
最後の別れぎわ、アーミッシュ老人はジョンに向かって「イギリス人には気をつけろ」と声をかける。なんということはないただのジョークと考えれば、イギリス人であろうがアメリカ人であろうがどうでもいいのだが、しかしちょっと気になったので、調べてみたことがある。アーミッシュはイギリス人になんか恨みでもあるのかと思ったのだ。
そうではなかった。アーミッシュは自分たち以外の人間をまとめて「English」(英語を話すやつら)と呼んでいるのだ。
なのでこのセリフ、正しくは「イギリス人には気をつけろ」ではない。「外のやつらには気をつけろ」なのだ。つまりアーミッシュ老人はジョンに向かってそのセリフを投げた時点で「お前は我々の仲間だ」と言っているのだ。この誤訳、そしてそこから発生する印象の違いはかなり大きいと言わざるをえない。
* 孤高の幽霊灯台・完 *
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