アルフレッド魔談 (3)ノーベルの成功と失意

【 3回の恋愛失敗 】

今回の「アルフレッド魔談」初回の末文で、このように語っている。
「この気の毒な大富豪は生涯独身で、子どもはいなかった。それは彼の望んだ生き方ではなかった。生涯に3度恋愛し、3度とも失敗した」
これはアルフレッドが晩年に書いた自分の伝記で、そのように明かしているのだ。「自分は生涯に3度恋愛した」と彼は語っている。

初回はどうだったのか。彼はアレクサンドラ(ロシアの娘)にプロポーズしたが、拒絶された。

2回目はどうだったのか。その相手がベルタ・キンスキー。前回の魔談でその顛末を語っている。アルフレッドは嫁獲得作戦を考えた。「女性秘書募集」の広告を打ち、それに応募してきた女性たちの学歴や知識や品格などを見定めた上で、自分の嫁としてふさわしければ採用し、彼女を身近に置いてじっくりと口説いていこうとしたのだろう。

さて男性諸君、自分が世界有数の億万長者になったとして、この嫁獲得作戦についてどう思うだろうか。「えらい慎重なヤツだな。もっとこう、ストレートに探せばいいじゃん。お金は山ほどあるんだし」と思う男性が多いのではないだろうか。私もそれに近い。しかしまたこうも思う。この男、アルフレッドという男は調べれば調べるほどナイーブで、奥手で、ひっこみ思案的な男に思われてならない。

アルフレッドはスウェーデンのストックホルムで生まれた。じつは彼が爆発物に興味を持つようになったのは、父親の影響だった。彼の父、イマヌエル・ノーベルは「建築家 & 発明家」という肩書きだったが、爆発物の製造で成功し、機雷の製造を始めた。1842年、アルフレッド9歳の時のことである。父の成功により一家はサンクトペテルブルク(モスクワにつぐロシア第2の都市)に住むようになった。

この1842年という年はどのような時代だったのか。南下政策を進めていたロシア帝国。その動きに対し警戒の念を深めていたオスマン帝国。両国の対立が表面化し、ヨーロッパ全土に戦争のキナ臭い雰囲気がじわじわと増していた時代である。当然ながらイギリス・フランス・プロイセンなど各国はやばい状況を察知して軍備増強に力を入れ始めた。そして結局、戦争は勃発した。それを回避することはできなかった。クリミア戦争(1853 – 1856)である。

戦争勃発時、アルフレッドは20歳だった。……ということは、彼は9歳の多感な少年時代から青春期を経て20歳に至るまで、ずっと戦争前夜の社会に生きていたことになる。父の成功も機雷製造だった。戦争特需ともいうべき成功だ。爆発物に興味を持てば、発明家だった父は大いに喜んだだろう。父の事業成功により一家は裕福になり、アルフレッドには複数の家庭教師がついた。彼は学校には行かず、もっぱら家庭教師から化学と語学を学んだのだ。英才教育を受けた少年だったのだ。

【 ゾフィー・ヘス 】

さて3回目はどうだったのか。
1876年、アルフレッドはウィーンでゾフィー・ヘス(当時20歳)と出会い、彼女の美貌に夢中になった。
1876年といえばアルフレッド43歳。新聞で「女性秘書募集」の広告を打ってベルタ・キンスキーと出会った年である。彼は二股をかけていたのだろうか。あるいは秘書として雇ったものの、ベルタには婚約者がいることを知って失望し、さっさと次のターゲットを探したのかもしれない。
しかし23歳も下の(庶民の)娘と付き合っている。……これが(アルフレッドをとりまく)上流階級に知られれば、白い目で見られると思ったらしい。今の時代の感覚では「それがなんなの?」かもしれないが、すでに地位も名誉もある彼はそれを恐れた。ゾフィーは庶民の娘だったので、彼はゾフィーを自宅にこっそりと呼んで、上流階級の作法や教養を教えた。ところがゾフィーは贅沢な生活を覚えてしまい、次第にわがままな女になった。

ゾフィー・ヘス

このあたり、あなたが魔談の読者であれば「あっ」と思ったかもしれない。……そう、以前に魔談で取り上げた「痴人の愛」(2022年3月4日開始)まんまの話だ。「さては谷崎潤一郎は、アルフレッドをモデルにしたか」とは思わないが、世の中には似たような話があるものだ。

その後、アルフレッドはゾフィーとの密会をなんと18年間も続け、218通もラブレターを彼女に送った。一方、ゾフィーは複数の男と浮気し、妊娠。それを知ったルフレッドの失意はとても想像できない。
このアルフレッド・ラブレター218通は、すべて残っている。アルフレッドの死後、ゾフィーはこれらの手紙をノーベル財団に高額で買い取らせることに成功したのだ。彼女はそれで巨万の富を得た。富豪となったものの、彼女が周囲からどのような目で見られていたか、それは想像できる。

【 つづく/次回最終回


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