【 最後の朝 】
この叡山魔談は2月28日に開始。「まあ10回ぐらいで」と思っていたら、半年以上にわたり29回も語ってきた。意図したわけでは全然なかったが、魔談の中でもTOPクラスの長編となった。今年の夏の酷暑ときたら、いかなる比喩をもってきても足りないほどだが、それがまた叡山魔談を語るには好都合だった。エアコンの存在しない叡山でも、その夏の酷暑はことのほか厳しかった。庭掃除を命じられて御堂の影から一歩炎天下に出ると、意識がクラッとするほどに強烈な日差しだったことをよく覚えている。
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かずくんと私は山門で篠田先生のフォルクスワーゲンを待っていた。
朝の8時に迎えに来るという話だったが、かずくんの腕時計が8時15分を示してもビートルのエンジン音は聞こえて来なかった。
「……ほんまにもう」
一刻も早く山を降りたいかずくんは何度も腕時計を見てイライラしていた。イライラしてはいたが、彼は(ちょっと滑稽なほどに)元気だった。待ちに待った朝なのだ。私のすぐ傍に来て、右手を軽く口に当てて内緒話でもするようなポーズで言った。
「時間にルーズな男はな、女にもてへんねん」
私は驚いて彼の顔を見た。女にもてへん?……そんなことは考えたこともなかった。それに「女に……」という表現がまた私のような少年には「別世界の大人の言葉」のように思えた。
「もてへん!……なんで?」
彼はいかにも「コイツはなんもわかってへんな」という余裕の目で私を見た。
「デートに遅れてみぃ。1発でふられるやん」
デート!……その言葉は知っていた。しかし8歳の私にはこの言葉もまた遠い世界の言葉だった。
山門の前にいるのは我々2人だけだった。いつもなにかを命じにくる若い僧には会いたいとは全然思わなかったが、くまさんにはもう一度、最後に会いたかった。別れの挨拶とか、特にそうした願いではなかった。とにかく顔を見たかったのだ。ただそれだけだ。しかしそれは無理な願いであることは十分にわかっていた。かずくんにもその話はしなかった。
かずくんはしゃがんでアリを追いかけ始めた。初めてここに来たときと一緒だった。
私は山門を眺めた。「もう二度とここに来ることはないのやろな」と思い、ふと傍のかずくんの丸い背中を見て「……かずくんは来年、またここに来るのやろな」と思った。たぶん来る、いや「来させられる」のだろう。
ふと父の顔が浮かんだ。
「どうだ。行くか?」
来年の夏、父がまた聞いてくるかもしれない。「行くかも」と私は思った。くまさんに会えるからだ。
しかし実際は、それはもうなかった。
「あああ……」とかずくんが突然うめいた。私はびっくりして彼を見た。
「カツカレーを食いたい」
これには笑った。
「帰り道ですぐにカレー屋に行くのん?」
「ほんまはそうしたいところなんやけどな」
以前、それをやって猛烈な胃痛に悩まされたことがあるらしい。よほどキツかったのだろう。彼は眉間にうっすらとシワを寄せてその時の苦痛を思い出しているようだった。
「お腹がびっくりしたんやろな」
彼は自分の腹をさすった。
「気をつけなあかんで。この山を降りたらな、しばらくは少食で我慢や」
「うん、そうする」と答えたものの、「自分は大丈夫」という自信が私にはあった。私は叡山のおかげで「空腹は全然平気」がますます強くなった。それに「おかゆ」が好きになっていた。北野家ではおかゆは「病気になった時」という暗いイメージがつきまとっていた。しかし叡山では(毎回ではなかったが)しばしば出た。「かやくごはん」よりも私は「おかゆ」の方がさっぱりしていて好きだった。
やっとエンジン音が聞こえてきた。
このときのかずくんの笑顔を、私は終生忘れないだろう。彼はしゃがんでいたがその音を聞いてパッと立ち上がり、私に笑顔を見せ、その方向に走っていった。
【 つづく/次回最終回 】