魔の石(2)ヒュパティアストーン

「魔の石」第2弾。今回から数回にわたり「ヒュパティアストーン」と呼ばれる隕石の話をしたい。じつは「魔の石」を語るにあたり、前回の「ホープダイヤモンド」は前座みたいなものである。筆者が存分に語りたい本命はこっちなのだ。なにしろこの隕石はその名前といい、その成分といい、語りたいエピソード満載の石なんである。

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話はスペイン映画から始めたい。「アレクサンドリア」(2009年)は御存知だろうか。日本での知名度はイマイチだが、スペインでは有名な映画である。宣伝文句はこうだ。「ヨーロッパ映画史上最大級の制作費で描く歴史スペクタクル。本国スペインでゴヤ賞を7部門受賞。同国映画史上最高の興行収入」

……というわけでチャチなセットの映画ではない。歴史スペクタクル映画が好きな人には「一見の価値あり」とオススメしたい。
ちなみにタイトル「アレクサンドリア」は街の名前である。地中海周辺の古代史が好きな人であれば、アレクサンドリアと聞けば「ああ、一度は行ってみたい」とため息をつくかもしれない。エジプトの街と言えば、第1にカイロ、そして第2に「地中海の真珠」と呼ばれる港町アレクサンドリアである。この街の歴史は古い。かのアレクサンダー大王(マケドニア)が遠征途上で都市建設を開始し、自らの名前を冠した街を興したことから始まった。現在では様々な文化様式が共存したエキゾチックな国際観光都市として発展している。

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さて映画「アレクサンドリア」。これはいわゆる宗教映画でもある。スペインは国民のじつに70%がカトリック教徒。そのような国で(古代ローマ時代における)キリスト教徒の暴悪を描いた映画をつくったのだ。監督には少なからず勇気と決断力が必要だったことだろう。配給会社をはじめ関係者は固唾を飲む思いで「どんな反応となるか」と、公開当時は十字を切って神にすがるような思いだったらしい。ヘタをすれば映画館に石を投げるクリスチャンが押し寄せても不思議ではない。そういう映画である。しかし結果としては大好評で、スペインでは「映画史上最高の興行収入」に輝く映画となった。この映画の主役がヒュパティアなのだ。

ヒュパティアとは何者か。紀元350年頃、アレクサンドリアで活躍していた実在の女性天文学者である。
この時期、アレクサンドリアではキリスト教徒たちが異教の排斥を始めていた。キリスト教の絶対性を民衆に訴えたい意欲は理解できるのだが……彼らはその熱意のあまり、アレクサンドリアにおける古来の神々を愚弄し始める。その挑発行為は次第にエスカレートしてゆく。こうなるともう愚劣な暴徒と変わらない。いや暴徒以上にタチが悪い。……というのも、彼らは自らの正義を盲信してしまっているので、異教徒に対しての残虐性がハンパない。ヒュパティアは優秀な天文学者だったのだが、結局、暴徒化した修道士たちによって殺されてしまう。そういう映画なのだ。

映画「アレクサンドリア」の成功要因はいくつか考えられるが、「歴史的史実」と「悲劇的な結末」……このふたつが宗教観を越えて、スペイン大衆の共感を得たのかもしれない。たとえば「英雄的な存在であった女性が時代に翻弄され、ついに立ち上がり、最後は悲劇的な結末となる」と言えば、あなたはどんな映画を連想するだろうか。フランス人であれば、その大半は「それはもう、ジャンヌ・ダルク!」と答えるに違いない。筆者はフランス(南部)で今の時代になってもなお「英国人は嫌いだ。あいつらはジャンヌ・ダルクを殺したからな」という言葉を何度も耳にしている。

ヒュパティアの場合は剣を手にしたわけではなかった。英雄的な戦士ではなく、先駆的な天文学者だった。彼女は天動説に疑問を感じ、地動説を立証したかっただけなのだ。にもかかわらず狂信的な暴徒と化した修道士たちに「魔女」と決めつけられてしまい、惨殺された。「魔女」烙印をつけられて酷い殺されかたをした点もジャンヌ・ダルクと共通している。「アレクサンドリア」映画監督は、ミラ・ジョボヴィッチの「ジャンヌ・ダルク」(1999年/リュック・ベッソン監督)を意識していたのかもしれない。

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6年ほど前のことだが、筆者は寺町京極(京都)の居酒屋で友人ふたりと飲んでいた。友人Aは高校で世界史の教師をしている。友人Bはスペインからワインと雑貨を卸売している会社に勤めている。
3人ともかなり酔いが回ってきた頃、スペインの話題からAは映画「アレクサンドリア」を持ち出した。Bと私はこの映画を知らなかった。Aはいかにも「世界史の先生」といった感じでこの映画のプロットを淡々と話した。しかし淡々と説明しているあいだに水面下で次第にフツフツと沸騰してきた気分があったらしく、Bにむかって「お前らクリスチャンこそが、世界で一番人を殺してきた殺人集団だ」と言った。
酔った勢いの暴言とはいえ、とんでもないことを言い出したものである。筆者は思わずのけぞる仕草をして笑ったが、敬虔なクリスチャンであるBは顔色を変えた。「酒の席とはいえ、言っていいことと悪いことがあるっ!」と声を荒げた。
「じつに同感」と筆者も思ったのだが、立場上、ここは仲裁に立たねばならない。「もっとやれ」などと笑ったらとんでもない席になりそうだ。「まあまあ」と席をなだめ、「面白そうな映画だな。その映画の話をもっと聞きたいな」と水を向けた。その数日後にネットで調べてDVD「アレクサンドリア」を手に入れた。

その後数年が経過し、サイエンス雑誌で「謎の隕石」記事を見た。1996年、リビア砂漠(エジプト)で発見。「ヒュパティアストーン」と命名。その時は「ヒュパティア?……はて、どこかで耳にしたような」という印象だった。即座にネットで調べた。……で、「あっ!」と思い出した。DVDが並んでいる本棚に走り、「おおっ、これこれ」と「アレクサンドリア」を取り出した。その夜はゆったりとバーボンをやりながらヒュパティアの最後を見届けた。こういうわけである。

……………………………………   【 つづく 】

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