魔の石(3)ヒュパティアストーン

「魔の石」第3回。今回は隕石の話から始めたい。石は石でも「隕石」と言えば、これはもう通常の「石」とはかなりイメージが異なる。なにしろ過酷な道中を経て宇宙から地球までわざわざ落ちて来た石である。
隕石はかつて「天降石」と呼ばれたこともあった。文字どおり「天から降ってきた石」である。多少漢字にこだわる筆者としては、「隕石」よりも「天降石」の方がよほど好きだ。
だいたい「隕」という漢字は日常的にあまり馴染みがない。したがって親しみがない。他に「隕」を使った言葉なんてひとつも思い浮かばないし、「隕」には「落ちる/落とす」以外に「死ぬ/殺す」意味もある。なんだかイメージの暗い漢字だ。なぜ「天降石」が流星のように消滅し「隕石」が地上に残っているのか不思議でならない。

……ともあれ。冒頭で「隕石」という名称につき不満を述べても仕方がないので、「隕石とはなにか」を続けたい。宇宙空間を漂っていた岩石が、地球の引力につかまり、地球に向かって落下し始める。その大半は大気圏で燃え尽きて消滅する。燃え尽きず地球に落下してきた石の大半は、海に落ちる。……というわけで(1)大気圏で燃え尽きず(2)海にも落ちず……という2大ハードルを乗り越えて陸地に激突し、それが我々に発見された隕石というのは非常に稀な石ということになる。

またその地上激突インパクトも非常に大きいことは、すでに御存知だろう。「人類が作ったあらゆる爆弾よりも、その衝撃は大きい」と学者たちは言っている。大地を震撼させ、その周囲の動植物をことごとく死滅させ、地上にでかい衝突クレーターを残す。気象変動も起こす。地球の生態系も変えてしまう。……などなどその影響力はじつにすさまじい。
映画「アルマゲドン」(1998年)ではそれが流星雨となってニューヨークに多数降り注ぎ、壊滅的打撃を与える。このシーンになぜ松田聖子が一瞬出て来る必要があるのか不可解なのだが、ともあれ普通は一発でも都市に落下してきたら大騒ぎである。

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ところがここに奇妙な例外がある。アメリカで発見された隕石で一番デカイヤツは「ウィラメット隕石」と呼ばれている。1902年にウィラメットバレー(オレゴン州)で発見されたので、この名がついた。現在はニューヨークのアメリカ自然史博物館に展示されている。
この隕石は重さが15.5トンもあるというのに、発見された周囲に衝突クレーターがない。様々な説があり「落下してから100万年ほどかかって氷河がゆっくりと運んで来た」などと言われているが、謎らしい。面白いのは、古くからウィラメットバレーに先住していたクラカマス族(アメリカインディアン)がこの石を崇拝してきたことだ。彼らはこの石には不思議な力が宿っていると信じてきた。「空から落ちて来たのではない。神がこの地に運んできた」という伝説が彼らにはある。

興味深いのはその成分である。なんと91%が鉄だというのだ。8%がニッケルで、コバルトとリンも少し含まれている。要するに岩石というよりは、鉄のかたまりである。シャベルでたたいたら「カーン」という金属音がするに違いない。地上に激突して爆発炎上し燃え尽きた宇宙船の残骸をひっぱたいたようなイメージではないだろうか。

最近のNASAはこうした成分に着目している。「隕石はもともとは小惑星。小惑星には豊富にミネラル(鉱物)が含まれている」という事実を利用した新規発想のプロジェクトを立てている。簡単に言えば「地球でなにもかも用意してロケットでババーンと打ち上げる時代はもう終り。これからは作業員とロボットだけをさっさと打ち上げて小惑星に送り届け、そこに豊富にあるミネラルを使って宇宙ステーションなり、宇宙船なりを小惑星の上で(あるいは内部で)作る。その方がよほど安上がり」という理屈である。興味のある人は「RAMAプロジェクト」で調べてみたらいいだろう。ただNASAがこれを発表したのは2018年のことであり、まだまだ「着想レベル」というか、具体的な計画はこれからである。

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「おい、肝心のヒュパティアストーンはどうなってる?」と思ってるでしょ。ついつい石オタク的な話に走ってしまって申し訳ない。しかしここまで長々と隕石につき述べてきたのには、もちろん理由がある。こうした経緯を経て隕石は「その成分を分析する」という段階からさらに進展し、「その元である小惑星を利用する」という段階まできている。

小惑星を利用してなにをするのか。NASAは色々とやりたいことがあるようだが、その中で最もSF的というか面白いのは、小惑星の中に有機的な成分をしこませておき、その小惑星に推進力をつけて惑星にぶつけてしまうという案である。要するに隕石を作ってしまうのだ。
ターゲット惑星に激突した隕石はその成分をまき散らし、不毛のターゲット惑星の環境を変えてしまう。しばらくその様子を見ていて「うん、そろそろいいだろう」という段階になったら、人類さまがその不毛惑星におこしになる。なんだかねぇ。「策謀隕石」なんてタイトルのSF小説はどうだろうか。「策謀」といい、暗いイメージの「隕」といい、なかなか重厚なSF小説になりそうである。

さてそうした「策謀隕石」を人類が考え始めた矢先に発見されたのが、ヒュパティアストーンである。この隕石は簡単に言うと「ありえない石」と学者たちは言っている。どう「ありえない」のか。また筆者が言う「策謀隕石」とどう結びついていくのか。次回で存分に述べて「魔の石」最終回としたい。

……………………………………   【 つづく 】

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