【 魔の記憶 】(2)

占い女と酒を飲んで雑談していると、ときどきフッと妙な気分になる。ハッとそれに気がつく。「やばいやばい、気をつけなくちゃ」と密かに警戒する。
言葉は言霊。言葉には不思議な力がある。使い方にもよるのだろうが、ごく当たり前のことのように繰り返し聞かされると、聞いている側もいつしかごく当たり前のことのように考え始める。一種の話術かもしれない。一種の洗脳かもしれない。霊感、過去生、オーラ。凡人が滅多に口にしない奇異な言葉、不吉な言葉、アングラの匂いがする言葉、彼女にはそういうのが多種多様にストックされている。それらは百鬼夜行のように彼女からふわりふわりと飛び出し、次々に私に覆いかぶさってくるような感じがする。

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「この人の細い細いオーラも、ちゃんとこのスケッチブックに先端が届いてるの」
奇怪な話だ。かなりの距離を置いてスケッチした女がちゃんとそれに気づいており、しかもその女が発したオーラがこのスケッチブックに残っていると言うのか。思わず自分のスケッチブックを懐疑的な眼差しでまじまじと再点検してみるのだが、もちろんそこにあるのはなんの変哲もないただの見慣れたスケッチブックだ。

自分を落ち着かせるようにゆっくりとした仕草でハイネケンビールのグラスを口に運び、「聞くか、無視か」と一瞬迷うのだが、やはり聞きたい。「知りたい」というよりも、この占い女が次になにを言い出すのかさっぱりわからないという点に興味が走り始めている。
「それはつまり……この女の人も普通のそこいらのOLじゃないということなのか?」
「そこいらのOLよ」
「でもオーラをここまで飛ばした」
「みんなやってる。ただそれに気がついてないだけ」

いま手にしたばかりの自分のグラスを指差した。
「これにもぼくのオーラがまとわりついてるのか」
「そう」
「見えるのか」
「もちろん」
「どんな色?」
「そうね……」
これには即答できないらしい。我々はしばらく無言でただのビールグラスを見つめている。質問したいことは他にも山ほどあるのだが、ふと彼女を見ると眉間にうっすらとシワを寄せてなにやら集中している。声をかけるのはやめにした。集中しないと見えないものらしい。

「ここんとこ、あまり胃腸の調子が良くないでしょ?」
驚かざるをえない。色を聞いて「胃腸の調子」がどうこうという返答も珍しい。しかし当たっている。
「なんでそんなことがわかる?」
「微妙」うっすらと笑っている。「そういうことの説明はね。なかなか難しいの」

たぶんまたこれでこの占い女は私のなにかをキャッチしたのにちがいない。「もう勝手にしろ」的な気分だが、頬のあたりの色を見るとかすかにバラ色に染まっている。さすがの黒魔女もその色の調整まではできないのだろう。少し酔いが回ってきたので、凡人相手の説明が面倒な気分になってきたのかもしれない。
「霊感、過去生、オーラ」
ゆっくりとつぶやいた。「オカルトの標本みたいな女だな」と思うが、もちろん余計なことは言わない。どうやらこの3つの特殊な言葉は、彼女が呼吸している世界で互いに密接な関係にあるらしい。そんな世界など知らなくたって十分に普通にそれなりに庶民的に幸せに生きていけるし、そんな世界を知ったがゆえに、余計な気分に支配されたり余計な事件に巻きこまれたりする可能性の方がむしろ高い。なので「なんでぼくはこんなところに出てきてこんな女と酒を飲み、過去生だのオーラだの奇怪な話に耳を傾けているのか」といった常識的客観的に正しい疑問がふと脳裏を走ったりもするのだが、その一方でこうした奇怪な話にはどうにも抗えないというか、思わず身を乗り出してその深淵を探ろうとする自分がいる。「一番不可解なのは、やはり自分の行動だわ」なんて心中密かに苦笑したりする。

ふと気がつき現実に戻ると、占い女は低い声でオーラの話をしている。毎年は無理だが(本当は毎年行きたいらしい)2年に1回、アメリカに行くのがすごく楽しみなんだそうだ。シアトルに彼女の友人がふたり住んでいる。ふたりとも女性で、同居している。いや「同居」というよりは「同棲」と言った方がより正確かもしれない。女同士でも「同棲」という表現は適合するのかどうかよくわからんが、ともかくそういうことなんである。

黒いスマホが目の前に出てきた。ふたりの喪服女がソファーに座って笑っている。ひとりは黒髪マッシュルームカットの日本人。ひとりは金髪ボブのアメリカ人。その部屋に1週間ほど滞在し、3人でなんやらやるらしい。酒を飲みに行ったり、オーラ研究者に会いに行ったり、カナダに旅行に行ったり、まあそういうことをするらしい。

ふとアメリカ女の手元に注目した。大型のカードを持っている。相当の枚数だ。
「これは?」
「タロットカード」
「なるほど」

この3人はそれぞれ独自の方法で占いをする。アメリカ女はタロットカードを日常的に操り、大アルカナ22枚だけでなく小アルカナ56枚も自在に使いこなして複雑な占いをする。ひとつの事件につき3人それぞれがお得意の占いをし、それぞれの結果についてあれこれ議論して楽しむこともあるという。「まさに魔女の集会」と思うが、もちろん余計なことは言わない。

……………………………………   【 つづく 】

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